autismドラマに関するBBS 過去ログ(2000年4月22日〜5月5日分)
[458] 文字のこと、 投稿者:Lingko 投稿日:2000/05/05(Fri) 23:41
大ママさん、とっくにご存じだったら失礼だと思って言わなかったのですが、ちびくまママさんのページはご覧になりましたでしょうか?
sipponaさんのところからリンクしているはずです。
[457] 大ママさんへ 投稿者:angel 投稿日:2000/05/05(Fri) 23:37
障害児の親で、シングル・マザーの方って結構多いんですよ。
かく言う私はセミ・シングル。
決して、シングル・マザーの方が不幸で、大ママさんの方が
まだましよと言っているのではないんですよ。
シングルである事が、必ずしも不幸ではないですし、
いっそ気楽で、幸せだったりする事もあります。
でも、一人は苦労が多いですよ。(何だか私の愚痴みたい・・・。)
大ママさん、ちびちゃんの為にも、ご自分の為にも
深刻にならずに元気出して下さいねッ!!
ドラマとは関係ありませんでした。m(_ _)m
[456] Lingko様、フリーラジカル様、ペンギン様 投稿者:大ママ 投稿日:2000/05/05(Fri) 22:13
ありがとうございます
そして、突然へんな質問をしてすみません
フリーラジカルさんのおっちゃるように、抑うつ状態なんだと思います
3ですが、この所『ひとり』とぼそっと言ったりするんです
抑うつ状態で苦しいのは、子供だとわかってはいるんですが
『もう、しっかりしてよ』とどうも私はおこってしまい、長いGW
主人は仕事で、長い時間二人きりだと苦しくてこんなこと書いてしましました
苦しい自分にも、腹がたつのですが・・・すみません
2番すべて該当するのですが、幼稚園の先生に少し荒れぐあいがひどすぎるので、なんだかの方法で気持を出さしてあげたいと言われて、言葉で無理だったら、字でとか、パソコンとか・・・それで今日パソコンをさせたんですが、うまくいかず
悩んでいました
(お弁当の時以外は、幼稚園で1日泣いている様子)
もっと、もっと子供の心をわかってあげたいです
必死に心を守ろうとして自分と周りとの間を遮断しているんです
この心とは・・・どういう心ですか?
パニックというのが、どの本を見てもよくわからないんですが
自傷行為は見たことがないんです
文字を読むについては、言語センターの先生に『字を読みますが、意味をわかってないようですね』と言われ・・・
聞いてみたかったんです
でも『ミルクキャンデー』と書いてある飴をもらい、飴好きの子が『食べない』というんです(牛乳が嫌いだから)
これは読んでいるだけじゃないよなと思うんですけどね
ドラマに関係ない話題なのに、皆さんお応え頂きありがとう
ございました
助かります
[455] 大ママ様へ、お願い 投稿者:フリーラジカル 投稿日:2000/05/05(Fri) 20:49
レタスの包材を試すのなんて、やめてあげて下さい。可哀想です。
以下、もしお子さんが抑うつ状態にあるのだとしたら、の話ですが・・・
今、必死に心を守ろうとして自分と周りとの間を遮断してるんです。もう少し落ち着くまで、刺激から守ってあげるのが本当だと思います。それでなくても日々の生活は不快な刺激でいっぱいなのですから・・・。
>あとよく泣くんです
>この所幼稚園で大変なのか?家にばかりこもりがち
ウチの娘の場合であることを念頭においていただくことを前提に、私なりのお答えをします。例によって、私の18番の箇条書きで・・・
1. 春はやっぱり情緒的に不安定。
2. 4月になって担任が変わった、教室が変わった、同じクラスの子が変わった、増えた、など、変化があったから。
3. 自分が他の子と何か違うと感じ始めた、または、「何か違うこと」を周りの子から匂わされた。
これくらい、かな?
抑うつ状態にあるときには、普段は耐えられるような刺激に耐えられなくなる、とのことです。
> >オウム返しをするのは言っている意味がわからないからですね?
> 何か言わなければならない状況ということは分かっているけれど、どう言っていいか分からない時にするのが基本だと思います。
> それから、わかっていてもワザとやるのはいわゆる物真似ごっこで、相手の反応を面白がっているような時は、こちらに当たると思います。
>
私の場合は、そうとも限らないんです。音そのものが面白くて、一人で楽しみたくてくり返して味わってしまうってことが子どものときにもあったし、いまでもあります。反応は関係なし。
もう一つ、それとは関係なく、「くり返さずにいられない」っていう衝動につき動かされてくり返すこともあります。これは、がまんするのが生理的にすごく辛いので、がまんしようと思うと、自傷が出ることもあります。でも、自傷がすんでから、やっぱり出ちゃうんですけどね(爆) っていうか、止めようとする方が、なおさらたくさん出るみたいだってことに、最近気がつきました。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
>オウム返しをするのは言っている意味がわからないからですね?
何か言わなければならない状況ということは分かっているけれど、どう言っていいか分からない時にするのが基本だと思います。
それから、わかっていてもワザとやるのはいわゆる物真似ごっこで、相手の反応を面白がっているような時は、こちらに当たると思います。
> 文字(数字、ひらがな、方仮名、ローマ字、英単語など)を読むんですが、読むだけで意味って分かっていないんですかね
ただ、文字を機械的に音に変換しているのでは?(これは、私自身の経験ではありませんが、自閉症の子供に教えた時にそうでした。)
> あとよく泣くんです
ウチは、パニックを起こせない家系なので、何かイヤなことがあるけれど上手く言えない時、或いは自分でもよく分かっていない時に、よく泣きます。
> 文字言語と音声言語は、
> 輝さんにとって別物ではないかと思うのですが。
この辺は輝さん本人に確かめないとわからないぐらい深い所で、それはまずできないものですから、推測の上に推測を重ねるしかないとても難しいものです。こういう内面の話ではなく、例えば少し前のたっちゃんが借金取りに殴られているのを止めたシーンならば、ある程度昔の記憶から想像がつきます。殴られているのを見ることは、輝さんにとって嫌という明確な感情ではなくて、俺はたぶん嫌だと思っているというぐらいに曖昧なものだと思います。感情の表現ができる小さい子供であれば、このような時には嫌というよりもわからないという答え方をするでしょう。そちらのほうが自分の感覚に近いからです。嫌だと反応する度合いは体のほうが強くて、許容範囲を超えればきっと逃げ出したり、パニック状態になったりします。
もうひとつの問題はその嫌と思えるような感情が、その状態をなくすための的確な行動につながるかどうかという点です。ややこしい書き方になっているのは、問題の解決のために的確な行動をとれない場合があると強調したいためです。たぶん彼はその二つのものを関連付けて、この状態をなくすためにはこうすればいいとは考えられません。こうすればいいのだと、手をとって教えられても何故自分がそうしなければならないのかを理解できません。当然つながるはずの二つのことがらを関連付ける能力が、乏しいか欠けています。常識では考えられませんが、つなげられない人から見るとつながることのほうがまったく理解できないものです。輝さんの年齢だと、これからも二つをつなげて考えられるようにはならないでしょう。運良くつながるようになった人は、後から考えるとどうしてつながらなかったのかを不思議に思います。そういう事態を目にして、多分つながらないんだろうなと推測しつつ、でもつながらない時も間違いなくあったし、何故そうだったかを説明するのはとても難しいなあと思うだけです。だから輝さんがたっちゃんを助けるための的確な行動をとる可能性はとても低く、許容限度を超えれば何がなんだかわからなくなりパニック状態になるのが一番ありそうな話です。仮に借金取りの足にしがみついたとしても、それはまぐれ当たりの域を出るものではなく、目的に対して的確な行動をとったものではないと思います。つまり、思いやりという観点からそうしたのだと考えることは、悪くはないけれども美しき誤解の可能性が高いでしょう。
> 音のお話、とっても大変だ・・・親の私にはぜんぜん本当??って感じです
> レタスの包材試してみよっと!!
>
昨夜私の書いた、「個人差は大事です。あの人が大丈夫だったからこの人も大丈夫だろうは通用しないのです。」という部分を、絶対に忘れないでくださいね。
私が子どものときに快感だったからって、子どもは皆、好きとは限らないんです。今の私と同様に、「生まれてこなければ良かった」と思うほど辛いと感じる子もいるかもしれませんから。
> ドラマに関係無くてすみません
> あと家の子は4才1ヶ月なんですけど、完璧なオウム返しが多かったり、本を持ってきて『みせて』といったりするんですけど、オウム返しをするのは言っている意味がわからないからですかね・・・・・・???
わからないときもやりますし、わかっていてもオウム返し自体が快感でやることもあります。
両方あります。
だから、わかりません。
> 文字(数字、ひらがな、方仮名、ローマ字、英単語など)を読むんですが、読むだけで意味って分かっていないんですかね
分かってなくても読むし、分かっていても読みます。
だから、わかりません。
それともう一つ、「意味が分かる」という表現には、いろんなレベルがあります。「意味」という言葉自体、たくさんの語義の総称です。だから、「意味が分かる」という表現は非常に曖昧です。
本人のくせに役に立たなくて悪いですが、本当なのでしかたがないです。会ったことのない人について、「これは○○ですか?」っていうのは、本当にわかりません。
私に言えるのは、「私には、こういうことがあります。似ている人、いますか?」ということだけです。自分のことを語るから、そこから勝手にヒントを引き出してください。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
音のお話、とっても大変だ・・・親の私にはぜんぜん本当??って感じです
レタスの包材試してみよっと!!
ドラマに関係無くてすみません
あと家の子は4才1ヶ月なんですけど、完璧なオウム返しが多かったり、本を持ってきて『みせて』といったりするんですけど、オウム返しをするのは言っている意味がわからないからですかね・・・・・・???
文字(数字、ひらがな、方仮名、ローマ字、英単語など)を読むんですが、読むだけで意味って分かっていないんですかね
ご本人様教えて
あとよく泣くんです
この所幼稚園で大変なのか?家にばかりこもりがち
普段は大好きな公園にも行かないのですが・・・
> まだ、本人が「自分の特徴」だと気が付いていない音の場合や
> 自分がうるさいと感じる音に周囲の人は気づかない・気にならないということを
> 知らない場合、
> お互いに何が何だかわからない状態になります。
私は、33までこの状態でした。
なにしろ、「聴覚過敏」なんてものの存在を知りませんでしたからね。ただ、周囲からは、「よく、大きな音がすると耳を押さえてちぢこまるね」と言われていましたが、自分の手足の所在位置を把握することに難がある私の場合、耳をおさえた覚えもなかったのです。たまたま、大きな鏡張りの本屋さんの柱の前でやったときに、初めて自覚したけど、うるさいからだなんて知りませんでした。
聴覚過敏の可能性を指摘されたのは、診断を受けに行ったとき、インタビューの席でのことでした。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
輝さんの場合、『ぐるんぱはしょんぼり』のように
「知っている他の場面」から言い回しを借りてくることで
表現しようとしているのかと思います。
「あの頃に帰ろう」を繰り返し言うのはわかるのですが、
それを、メールの冒頭に二つ並べて書くのは、どうなんでしょう?
文字言語と音声言語は、
輝さんにとって別物ではないかと思うのですが。
うちの子は「小さい子の泣き声」と「バスの外で聞く、バスのエンジン音」が嫌いです。
この二つに関しては本人がはっきり自覚して表現をするので解りやすいのですが、
まだ、本人が「自分の特徴」だと気が付いていない音の場合や
自分がうるさいと感じる音に周囲の人は気づかない・気にならないということを
知らない場合、
お互いに何が何だかわからない状態になります。
だから、いろんな例を聞かせてもらうのはありがたいことです。
作業療法士に「脱感作」
(うちの子の場合だと、小さい子の泣き声を録音して
ボリュームを最小にしてヘッドホンで聴かせて、慣れさせる)
を提案されましたが、どの音かわからないとできないことですから。
体調の良いときや、他に負荷がかかっていないときには
泣き声への反応も穏やかになりましたが、
小児科の待合室で複数の赤ちゃんがむずがっているときは今でもやはり大変で、
診察の順番がまわってくるまで車の中で待たせたりしています。
放っておくとこの話題についてはどんどん書いてしまいそう・・・
>私は小学校四年になるまで、レタスの包材の音が大好きだったのです。よく、耳元で揉んではうっとりして
これは私の娘の「紙パリパリ」癖じゃないですか!新しい本(特に雑誌)を買ってくると、今まで家にない材質の紙であることが物珍しいのか、必死に指の間でしごいてパリパリいわせています。それと
レストランで出てくるオシボリの袋。あれもパリパリいわせてます。耳を近付けてじっと耳をすませながら、音に聞き入っています。
実はこの音、この母親には神経に障ってとても苦痛なのです。でも彼女には苦痛であることを言いません。なぜなら!
前にスプーン同士をこすりあわせてキーキーいわせると、この母親が飛び上がって逃げていくのをみつけて、面白がっていつまでもやっていたんです、この娘は。
先ほどは主として持続音について書いたので(雷、花火など、話の流れで突発音も扱いましたが)、今度は突発音について。
恐ろしく苦痛なのは、レタスの包材。それにたまごのパックです。かなりの楽天主義者であるはずの私でさえ、生まれてきたのを後悔してしまう。
ところが、私は小学校四年になるまで、レタスの包材の音が大好きだったのです。よく、耳元で揉んではうっとりしていたものです。あと、セロファンの音、それに、昔の岩波文庫のカバーの薄紙の音が好きでした(こちらはいまでも好きです)。年齢と共に嗜好が変わるんですね。
ドラマの中で言えば、第二話で、面接の本を買ってきた繭子が歩きながら紙袋から本をとり出すときの音。あそこで、私はテレビの前で丸まって耳をふさぎました。
そうそう、ドラマついでに言えば、大学の佐久間先生の部屋は、窓にブラインドがかかっていてダメです。ブラインドのしましまも、「生まれてこなければ良かった」と思ってしまいます。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
> これも、いろいろ個人差がありまして・・・。
そうですね。個人差は大事です。あの人が大丈夫だったからこの人も大丈夫だろうは通用しないのです。なにせ私たちは、多品種少量生産の手作り仕様ですので。
> 私の場合は、コンピュータのモニタの音は苦になるけれど、
私が気になるのは、本体の内蔵ファンです。
>掃除機は平気。
掃除機は、他人がかけてるとダメですが、自分がかけてると平気です。ただし、自分で掃除機をかけるのが嫌いで、他人がかけてくれる方が嬉しいので(ひらたく言えばそうじがきらい)、困ったことになります。アスペルガーとADHDの利害が自分の中でぶつかり合うので、こういうときは仲裁に難儀します。
声については、「ヴォイジャー」のホログラムドクターの声(ロバート・ピカード)が一番好き。二番目に好きなのは、「新スタートレック」のデータ少佐の声(ブレント・スパイナー)です。私はラ=フォージ少佐のファンなのに、ラ=フォージを演じるレヴァー・バートンの声は嫌いです。
>
> それから、雑踏の人々の話し声。
これ、私もダメです。最悪かも。空港とかもダメです。
ところが、飛行機に乗ってしまうと平気なんですよね。飛行機が飛んでる間のあの「ごー」っていう音は平気だし、かなりの轟音を立てるドラム式洗濯機も平気です。それに、車の音や電車の轟音、雷、花火なども平気です。
> でも、佐久間先生が話されていた、蛍光灯の音やチカチカする光にまで過敏に反応してしまうような重度の人達にとっては、「世の中」はそれはそれは恐ろしいものに感じているのではないかと推測されます。
それがねー。私は重度ではないけれど、インバータじゃない蛍光燈の場合、音は聞こえるし、かなり苦痛です。あと、ホットカーペットの音はうるさくて耐えられません。(蛍光燈のフリッカーは見えませんが)http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
これも、いろいろ個人差がありまして・・・。
私の場合は、コンピュータのモニタの音は苦になるけれど、掃除機は平気。甲高い声も、SPEEDのボーカルの人(名前はhiroさんです)はダメですが、華原朋美さんの声は大丈夫。(私はどちらかというと、男性ボーカリストの高音が好きです。←聞いてないか!)
繭子さんの母親役の人・真行寺さん、あの方の声は地声なら良いのに、演技が入るとダメです。(おそらく、これは感情の問題カモ?)
それから、雑踏の人々の話し声。これは、音のうねりとなって襲ってくるので、自分から聞こえないようにスイッチを切ってしまうかウォークマンの力を借りないと怖いです。
でも、佐久間先生が話されていた、蛍光灯の音やチカチカする光にまで過敏に反応してしまうような重度の人達にとっては、「世の中」はそれはそれは恐ろしいものに感じているのではないかと推測されます。
> 聴覚過敏のことでしたら私におまかせください(笑)。
いやいや、ワシも負けてません(爆)←と、競い合ってどうする!
空調なら、「ゴーッ」とか「ボーッ」とかいった低めの音は平気。高い「ぼわーーー」とか「しーーーー」とかがダメです。
不協和で混ざっているのがダメっていうのは、たしかに当たってますね。私の場合、耐えるにはコツがあって、混ざっている音を一つずつ分析するんです。そして、その一つずつを自分で歌って、ハモらせてみるんです。すると、「知っている音」になり、楽になっていきます。
でも、そのためには、対象になる音に全神経を集中しなければなりません。片手間でできることではないのです。ですから、同時に何かの作業をするというのは不可能になります。
私にとっては、椅子にまっすぐ座った姿勢を保つというのも、勉強や仕事や会話と同様に「作業」なので(気を抜くと、だれーーーーーっとなってしまう)、この「音のより分け」をやっていると、だんだん姿勢が崩れてきて、ヘタしたら、床にどさっと落ちたりもします。
いろんな周波数の混ざっている音がつらいのは、より分けに手間ひまがかかるせいもあるのかもしれません。
嫌いな音ではありませんが、好きな音の楽しみ方としても、倍音をより分けて一つずつハミングして唱和するという遊びがあります。
仏壇の鈴(りん)、のど自慢の鐘の音、モダンジャズで使われるヴィブラフォン(電気じかけのファンのついた鉄琴のようなもの)、オルゴール、カリヨンの音などは、きれいな倍音からできているので、より分けてハモらせるのは楽しいです。
手ごわいのはコントラバスのピチカートのあとに残る残響で、これをよりわけるのは、難しいけど楽しいです。
これをやるときも、椅子に深く腰かけて、しっかりと背もたれにもたれておかないと、アブナイことになります(笑)http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
聴覚過敏のことでしたら私におまかせください(笑)。
空調の音は、その機械にもよります。以下、思いついたものをリストアップします。
コピー機の運転音は、耳をふさぐ音ではありませんが、緊張が高まってきます。掃除機もダメです。(私の子供は軽度ですが、おなかの中にいるときから、掃除機をかけるときはじたばたしてました)
機械関係は、高い音が不協和しながら混ざっているものが特にダメみたいです。(と、これを書いているコンピュータのモニタの音も実は私にとっては辛いものです)
それから甲高い声。SPEEDのボーカルの人(名前は何というのか知りません)、華原朋美さんの声、などは、コンビニで曲がかかってたりすると逃げ出します。因みに繭子さんの母親役の人、真行寺さんっていうんですか?あの方の声もだめです。
とにかくこの世界はうるさ過ぎます!!!
みなさんのコメントをドラマが始まった頃から、読ませていただき、とても勉強になっています。
一年程前、対人関係で悩んでいたとき、友人から「続・自閉症だった私へ〜心という名の贈り物」を薦められて、読みました。とても感動しました。
著者が、「世の中」の人との係わりをあきらめないで、自分の未来を信じて積極的に歩いていく姿に、そして「分かり合える」人とめぐりあえたことに、とても勇気づけられたのです。
だから「君が教えてくれたこと」も、自閉症と非自閉症の人間とが、どちらか一方だけに合わせたり、一方的に理解したりという話ではなくて、双方が歩み寄り、理解しあっていくようなストーリーになるのではないかと、期待しています。
完璧に「世の中に」に適合できる人なんて、本当は誰もいないんじゃないでしょうか。みんな心や体にいろんなデコボコを抱えてる。
その中で、お互いに理解しあい、支えあって、成長していけたら、みんなが幸せになれるのにね。
きれいごとだと言われるかもしれないけど、私はそういう夢を持って生きたいと思ってます。
だから、この掲示板に出合って、いろいろなことを考えさせられました。これからも、読ませていただきたいと思います。
レストランでのこと
空調の音がうるさくて耳をふさいでいましたが、個人差はあるとは思いますが、皆さんのお子さんまたはご本人様はいかがですか?
家の子は、サイレンや物音に敏感だということは、無いように思いますが、人の声がだめで、スーパーの『いらっしゃい』
の威勢のいい声や、このところ幼稚園でも耳をふさぎ、真ん中に座っているのを見ました
通りすがりのものさん>論理のすり替えをなされてますね。
そして、ここで告発することではないと思います。
私のHP及びメールにて行いましょう。
その時は貴方のメールアドレスも公開してください。
管理人のsipponaさん、及びここを訪れた皆さん、
不快な思いと、BBSの方針の違った書きこみに対して
深く謝罪いたします。どうもすみませんでした。
ままはっちさん>情報どもです〜。
申し込んでみます。ワークショップなども参加してみたいと
思っています。(神戸か京都ぐらいでないでしょうか・・・)
わけわからずの素人ですが・・・。(汗)
あ、またドラマに関係ない・・・・(汗汗)http://web.archive.org/web/20011006195054/http://alived.com/autism/
ドラマとは関係ないですが、大阪で以下のような講演会があります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NHK障害福祉フォーラム自閉症児・者の療育を考えるつどい
日時 平成12年6月11日(日) 午前10時〜午後4時
場所 大阪市中央区民センター(大阪市中央区)
地下鉄中央線・堺筋線「堺筋本町駅」下車徒歩3分
内容
●体験発表「”とし君と、同じクラスになりたい”といわせたい」
大阪府主婦 浅里 由理
●講演 「地域に生きる」 〜生活施設萩の社での援助を通して〜
(社福)北摂杉の子会萩の社施設長 松上利男
●講演 「高機能自閉症への対応からみた自閉症の諸問題」
実践女子大学教授 中根晃
●講師との話し合い
(司会)社会福祉法人あさしお・ゆうなぎ園顧問 西條正晴
申し込み先
往復ハガキに住所・名前・電話番号を書いてください。
締め切りは6月5日(月)。先着300人まで。入場無料。
託児(15人ぐらいまで)は、あらかじめ申し込んでください。
申し込み先
〒540-8501 大阪市中央区馬場町3-43 NHK厚生文化事業団近畿支局 06-6947-4836
主催 NHK厚生文化事業団近畿支局 NHK大阪放送局
後援 大阪府教育委員会 大阪市教育委員会
日本自閉症協会近畿ブロック(奈良・大阪・京都・兵庫・滋賀・和歌山)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
講演内容に、高機能自閉症への対応というのもありますね。
ドラマの話も出そうですね。
多分この通りすがりさんは私に対しても言いたいのだろうと、そう判断しております
でも、人様のHPの運営に関しては私はもちろんノータッチ。
もしこれから、takiさんのHPに関して何か有ればそちらへお願いします。
・・・と勝手ながらそうさせて戴きたいと思います。
本当にこの場所でするべきものでしょうか?
この掲示板は、takiさんの作ったファンサイトから見たら、第三者的な場所にあたります。
takiさんのファンサイトも、この掲示板で、ご挨拶があった、紹介があった、というだけで、一応、この掲示板からは独立です。
著作権に関する論争を、見たい人も見たくない人も両方いると思うので・・・http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
>しかしながら、クレームが来次第にデザイン変更をいたします。
この考え方はおかしいです。
今すぐ画像をはずして下さい。あなたの良心において。
他人の権利を侵すことは、何人も許されません。
あなたは本当に、自閉者やその家族のことを考えているのでか?
あなたのそういう考えは、自閉者やその家族を傷つけます。
今すぐ画像をはずしてください。
>(公式HPも2次使用を断る画像にのみ注釈をつけている様です。)
このようなことはありません。全ての画像に著作権は発生します。
画像使用については必ず、TBS及び著作者の許可を取ってくださ
い。
文句がこないから、法律を犯してもいいという論理は通りません。
ファンサイトと称するならば、きっちりと運営してください。
今のあなたの考え方は、自閉者とその家族を裏切っています。
> 『天使が消えた街』の輝さんは、達郎に無関心・無関係なようで、ちゃんと話を聞いていたし、やることをやってくれたでしょう!
「傷は痛いです」というキーワードで、達郎を殴ろうとしたチンピラを止めた時、輝はただ傷の痛みを与えようとしている人を止めたのではありません。
その前日から、達郎が自分に何かを言おうとしているということは分かっていたのだと思います。でも、何かをしなければならないという気持ちだけはあったのに、何を言われているか・何を要求されているかさっぱり分からないという状態だったのだと思います。
そして、「痛み」を共有することで始めて「意味」が通じて、あの行動に出たのではないでしょうか。
> 繭子の弟を困った人だとすると、一番の危険人物が狭山先生になります。普通になりたいと以前よりも努力し始めた繭子が、先生のような人に会って二人の距離が縮まると、現実の世界で起きることは、ほぼ決まっています。彼女は相手に対して求めるものが多過ぎので、初めの間は付き合っていられる先生も、だんだんとかなわないなあと思いはじめます。
本当に「自閉症」を良く知った治療者は、始めからここのところに距離を置くように心掛けてくれます。「自閉症」者特有の固執性が「人」に向うと、とんでもないことになってしまうからです。ここから先は「侵入禁止」という姿勢がないと、「人を知りたい」とか「自分を知りたい」という欲求が強迫観念になってしまうでしょう。
人に係わる方法を持たないとか、普通でない方法でしか人に係われない「自閉症」者は、人から自分を守る方法もまた持っていないか、普通じゃない「人」なのです。
それではただの薄情な人になってしまうので、補足します。
「自閉症」者は、人としての気持ちは十分にあるのに、普通のやり方で人と係わることができない障害、或いは、出来たとしてもかなりの精神的苦痛を代償として支払わなければならない障害のある人、と理解していただけたらと思います。
『天使が消えた街』の輝さんは、達郎に無関心・無関係なようで、ちゃんと話を聞いていたし、やることをやってくれたでしょう!
『君が教えてくれたこと』の繭子や美咲のように外見でそれとわからないタイプの「自閉症」でも、それと同じです。それを、そういうものだと認めてくれさえすれば何でもないのに、周りも本人も「普通」になることを要求してしまうのです。そして、最終的には自分で自分を責めるしかなくなってしまうのです。(自業自得と言われれば、それまでですが。)
>スーパーマーケットの方が楽だったり、
>ファミレスやファストフードが楽だったり、
>必要なとき以外は放っておいてくれるような
>チェーンのホテルの方が楽だったり、
とてもよくわかります。
例えば「学校V」で主人公に見合いを勧める
善意のかたまりのおばさんは誰が見ても「親切の押し売り」で
主人公の側の気持ちからするとうんざりするし、
おばさん自身は主人公の気持ちをしっかりわかっているつもりで
ずけずけ言いたいことをいっているけれど本当は何もわかっていない。
反論しても、無駄。
で、他人だったらもう会わないで済むけど、乳ガンの手術の時に
「たった一人の肉親じゃないのよぉ〜」と現れたりするのですね。
まったく、「いい人」なのだと思いますが、かなり迷惑だと思います。
>手を抜くとか適当に流すという言葉は彼女の辞書にはないので、
>とことん突き詰めてしまい、損得勘定ではないものの
>無意識の内ではじぶんが100のものを出しているのだから
>相手からも50ぐらいは帰ってくるだろうと
>思い込んでしまいます。彼女の100というのは
>常識よりも桁がひとつ多いぐらいなので、
>相手はいずれ付き合いきれなくなってしまうのです。
なるほど。非自閉の人には踏み込めないところまで
知らずに踏み込んでしまうということかなぁ。
それが、狭山先生の側からすると「荒療治」になるという展開は
ないでしょうか。
>煩わしいと感じることと、肉親であることとはまったく別の次元に存在するものですから、
肉親だと、答えや見返りを要求されたり、愛情や期待を押し付けられることが多いから、煩わしさの度合いと頻度が高くなるという違いがあるだけなのでは?
> こんな話は少し過激でしょうか。でも真実の一部分ではあるのです。
本人にとっては、一般論だけどねえ! こうやって、ダメ押ししている私の方が、よっぽど過激ですね。
(非自閉の方と、それほど過激でない自閉の方には申し訳ありませんが。)
> こんにちはーー。
Lingkoさん、どうもですー。(汗)
> > 自閉連邦在地球領事館附属図書館も当方HPにリンクさせて頂いています。m(_)m)
>
> なんか、色気のないページでしょー(笑) 色はあるけど(背景色)。
>
はいー。でも、好きですよ。<TOPカラー
それと、ここでしか連絡とれなくて書いてしまいました。
スミマセン。(管理人のsipponaさん、関係ない連絡すいません)
でも、秀逸な意見、かなり参考にさせて頂いています。
(サイトに反映出来てませんが・・・大汗)
> あれくらいのこと言わずにはいられないくらい、
> フラストレーション溜まってるんですよね、彼らも。
いえ、吐き出して頂かないとなにがなにやらわかりません。
他にもお話をよかったらお聞かせ下さい。(無力ですが)
> > 繭子の写真の「CYU」のマークと位置が違う・・・。
> テレビの方が、まるかったよね!
位置も上でしたー。(^^)
あ、あんまり関係ない話ばっかりすいません・・・(汗汗)http://web.archive.org/web/20011006195054/http://alived.com/autism/
通りすがりのものさん、sipponaさん>
画像の件ですが、違反です。(笑)
ただ、経緯をお話すると、オープン前に公式HPの掲示板に
書きこみ
(http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read12.htmlを参照ください。)
TBSサイドは私のHPの存在を知っています。
(URLも書いていましたが、カットされていました。笑)
その上でクレームが来なかったのでHPをオープン致しました。
違反なのですが、著作権侵害された者がクレームをつけないと
「黙認」といった形になっています。
しかしながら、クレームが来次第にデザイン変更をいたします。
(公式HPも2次使用を断る画像にのみ注釈をつけている様です。)
しかしながら、ファンサイトもスタンスが難しいですね・・・・http://web.archive.org/web/20011006195054/http://alived.com/autism/
> 親兄弟でもそう感じてしまいますか?
ちょっと意味がわからないのですが、親兄弟のような肉親だと煩わしいと感じる度合いが他の人とは違うのではないですか、ということだと解釈させてもらうと、私の場合そこに違いはありません。
煩わしいと感じることと、肉親であることとはまったく別の次元に存在するものですから、嫌だけれど肉親だから我慢しようという具合に両者が混ざり合ってしまったりはしません。冷たいとか暖かいという視点で考えられると、ちゃぶ台を引っくり返すような話なのでしょうが、次元の違うものは混ざりようがないのです。
ちょっと意味がわからないと感じたのも、そんなありえないことを聞いたりするのだろうかと思ったからです。たぶん個人差があってそう思わない人もいるでしょうが、一般論としては別次元の話だと思います。
繭子の弟を困った人だとすると、一番の危険人物が狭山先生になります。普通になりたいと以前よりも努力し始めた繭子が、先生のような人に会って二人の距離が縮まると、現実の世界で起きることは、ほぼ決まっています。彼女は相手に対して求めるものが多過ぎので、初めの間は付き合っていられる先生も、だんだんとかなわないなあと思いはじめます。手を抜くとか適当に流すという言葉は彼女の辞書にはないので、とことん突き詰めてしまい、損得勘定ではないものの無意識の内ではじぶんが100のものを出しているのだから相手からも50ぐらいは帰ってくるだろうと思い込んでしまいます。彼女の100というのは常識よりも桁がひとつ多いぐらいなので、相手はいずれ付き合いきれなくなってしまうのです。
初めての機会であればその可能性はさらに高くなるので、ドラマではともかく現実の世界の中でハッピーエンドが訪れる可能性はゼロです。けれども彼女はまだ若いので、そういうのを何回かやってみて、普通になる事の難しさや無意味さ、自分に一番合っているやり方などを体得していくのでしょう。それは成功とか失敗に拘らず自分でやってみて返り血を浴びないとわからないものですから、繭子を大切に思う人には耐えがたいことであってもやらせるしかないのです。
繭子のような人はいつも背水の陣で物事に取り組んでいます。そんな人は頑張れと言われることを最も嫌います。きっとそうだろうなと思っていたら、神戸の震災にあった人が言われると辛いと話していたので、そうなんだよなと確信したのを覚えています。
こんな話は少し過激でしょうか。でも真実の一部分ではあるのです。
> >繭子の弟は結構困った人で親切にされるよりは
> >冷淡にされるほうが楽なものです。
> 親兄弟でもそう感じてしまいますか?
> 繭子はどう感じているのかな?
冷淡っていう言いかたがわかりづらかったら、そうですねー、「あっさりした」っていうのはどうでしょう。
言葉がわからない国でサバイバルするとしたら、
下町の八百屋さんより、スーパーマーケットの方が楽だったり、
毎日、その日の魚市場によっておすすめの品が変わって(だからメニューなんかなくて)、それを亭主が口頭であれこれすすめてくれるような料理屋よりも、毎日同じものがメニューに載っていて指差せばすむファミレスやファストフードが楽だったり、
家族の住んでいる家の空き部屋を旅人に貸してるような宿より、ホテル学校で訓練を受けた従業員が立っていて、必要なとき以外は放っておいてくれるようなチェーンのホテルの方が楽だったり、
っていう感覚はわかります?
洋服屋さんとかでも、しつこくつきまとって勧めてくれる店ってあるでしょう。店員さんへの応対に気をとられて、服をゆっくり選ぶどころではない、とか、逃れたい一心で、欲しくもない物を買ってしまうとか、本当に必要なものがあるのに、逃げ帰ってしまうとか。
それよりも、「お決まりになりましたらお呼びください」といって、柱の陰に引っ込んでてくれる店員さんの店に行きたくなります。
それに似た感じだと思う。
ただ、家族の場合、選びようがないし、逃げるとこがないし、比べる対象もないから、「こんなもんだ」って思ってるんじゃないかな。
そういう、態度や姿勢が「困った人」であっても、大事なときにはやっぱり助けてくれたりするわけだから、それはワンセットになってるでしょ?
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
こんにちはーー。
> (あ、Lingkoさんはじめまして。いつもご意見拝見させて頂いています。
あはあはあは、いつも直観で思いついたまんまのことを垂れ流すだけで、お恥ずかしい限りでゴザイマス(アセアセ)
> 自閉連邦在地球領事館附属図書館も当方HPにリンクさせて頂いています。m(_)m)
なんか、色気のないページでしょー(笑) 色はあるけど(背景色)。
なにぶんにも、言葉のアヤとかの不得意な仲間たちなので、みんな言うことが過激に聞こえるかもしれませんが、あれくらいのこと言わずにはいられないくらい、フラストレーション溜まってるんですよね、彼らも。言ってることはどぎついけど、けっして悪気はないんですよ。
>
> PS:公式HPの繭子の写真の「CYU」のマークと位置が違う・・・。
> 気にしすぎでしょうか・・・?
>
テレビの方が、まるかったよね!http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
> >個性の強い人たちなのであまり近づかないほうがいい場合も
>
> これはありますね。一定の距離は大事だと思います。
うーん、これは本当なんだけど、でもこれって、いっぺん経験しないとわかんないって気がしません(笑)?
間近に会ったことないと、ひたすら憧れちゃうっていうか。いっぺん経験してから学ぶか、幸運にも、最初から物理的に遠くて守られているか、どちらか。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
>個性の強い人たちなのであまり近づかないほうがいい場合も
これはありますね。一定の距離は大事だと思います。
私も過去、アスペとおぼしき人二人と仕事をしたときに、そう思いました。一緒にいると何だか、気が落ち着く、自然な自分で居られるので一緒にいることにヤミツキになってしまうのですが、相互に独特の言葉遣いをするので、普通の人から見たらとんでもなくチグハグな言葉上の行き違いがありました。そして相互に「あ、また嫌われたかな」という気の回し過ぎをする上に、自分は干渉されたくないのに相手には気を遣う(=親切?お節介?)という自己矛盾があるので、仕事上のパートナーとしては最悪の関係でした。
本当に辛い、苦い経験でした。
takiさん、いよいよ大々的に公開のようですね。
私もあの画像の事は少し気になっていましたが、大丈夫ですよね?
takiさんからこちらのページへの書き込みの許可を問われ、私の判断で返事をさせて戴きました。
こちらのページへのリンクはまだ待って戴いています。
自閉症で検索を掛けたり、自閉症のサイトを見ているうちにこちらに辿り付く
ことは出来るというところで、とりあえず今はいいかな・・・と思っています。あくまでも私個人の考えですが。
すばらしいHPですね。
ただひとつお聞かせください。
あのHPのトップページのビジュアルは、TBSから使用許可を
取られていますか?
使用許可を取っておられる場合は必ず、
その旨をHP上に明記しておいてください。
なお、無断に使われている場合は、ともさかさんの肖像権と、
あのビジュアルを創った製作者の著作権の侵害にあたります。
(非営利の場合でも、著作権の侵害にあたります。)
ではこれからのHPの充実に期待しております。
>繭子の弟は結構困った人で親切にされるよりは
>冷淡にされるほうが楽なものです。
親兄弟でもそう感じてしまいますか?
繭子はどう感じているのかな?
美咲という女の子はたぶん数字が趣味で円周率を千桁ぐらいは朝飯前で覚えているのでしょう。好きな仕事とできる仕事は別だという言葉は、数字で飯は食えないから好きじゃないけどこの工場で働いているのだと聞こえました。私などは素数で年齢を言われると一瞬はぽかんとするけれども、すぐにこの人はすごいと大感激してしまうので、彼女から見れば当たりの部類に入ります。
「魂と魂のゆびきり」というような表現は、個人的な感覚で言うと脚本家が考えたにせものの言葉であってピンときません。やっぱり素数がいいですね。
美咲は繭子が工場にこなくても、Eメールを出していれば十分過ぎるぐらい満足なのではと思います。よく言えば個性の強い人たちなのであまり近づかないほうがいい場合もあります。性質が悪いといえば気の毒なのですが、繭子の弟は結構困った人で親切にされるよりは冷淡にされるほうが楽なものです。冷淡には鏡のように冷淡を返していれば事は足ります。親切には何を返せばいいのかがわからないので困ります。ひがんだ言い方ではなく現実の問題として、親切は居心地の悪いものなのです。少し離れてみているぐらいが一番楽で、過度の干渉にはいいからほっといてくれと言いたくなるのです。。
わからないですけど、うちの8才の息子が「好き」という女の子は、
みんな自閉の子です。
他人には興味がまったくなかったのに、クラスに入ってきた年下の
自閉の女の子とは、二人で会話らしきことをしたり、
その子のほっぺを触ったりして驚かされました。
一人でどこかに行くよりも、その子達と行きたがります。
近所の一般の女の子たちも、息子に興味があってよってくるのですが、「嫌い」といって逃げています。
息子は高機能とまではいきませんが、まあまあ会話もできるし、
覚えも早いタイプなんですが、自分のことをどれだけわかっているのか・・・それでも無意識に仲間を求めているのでしょうか?
私も美咲の気持ちを考えると切なく思いました。
ドラマで描かれていないのですが、彼女もあの日繭子に会うまで孤独な戦いを続けてきたのでしょうね。考えてみると繭子は裕福な家庭で理解の有る弟と自閉症に関しては知らなくても優しい母親に囲まれていい環境です。カトチャン父さんだってドラマが始まる前に予想していたよりいい奴です。
美咲はもっと悲惨な過去が有るかもしれません。逆に大抵はいじめに遭ったり、疎外感を持ったりそちらの人の方が多いかもしれません。
繭子と美咲のやりとりを見ていて思ったのですが、自分に似た仲間を求めるのって幾つくらいの時なんでしょうかね。
はじめまして。
自閉症に対し無理解で、このドラマラッシュを切っ掛けに理解を深めたい
takiと申す者です。
TBSドラマ「君が教えてくれたこと」に関しては、
やはりドラマは健常者からの視点はいたしかたがないかと。
まず、自閉症児・者からみた世界を描いてしまうと生理的に
「奇異」ととられて偏見を助長する結果になりかねない危険性があると思います。
大多数の集団に対しての問いかけはわかりやすい表現でないと・・・。
自閉症者を変えよう、との描き方ではなく、(いまのところ)社会への参加や
恋愛に対する自閉症者。とストーリーが続いています。
しかし、エンディングのタイトルバックで、起きあがった繭子が
又、最後に眠りに入ってしまうのはこのドラマのラストに対して象徴的なのでしょうか・・・?
公式HPのBBSでは「あれでは普通の女の子じゃないですか」と
おそらく自閉症児の親御さんの意見がありましたが、
まず、ドラマに注目してしてもらう意図として、
スタッフサイドの狙いは成功したのではないか?とも思います。
ここのBBSのご意見、貴重に拝見させて頂いています。
「本人」の方のメッセージが聞けるところは、幾らインターネットと言う媒体でも
なかなかないと思いますので。
この度、自閉症児・者に理解を深めたいためTBSドラマ「君が教えてくれたこと」のファンサイトを
オープンしました。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://alived.com/autism/
よろしければご意見などお聞かせ願いたいと存じます。
(ここの管理人殿sipponaさんの了解を得ています)
あ、宣伝申し訳ないです。 m(_)m
(あ、Lingkoさんはじめまして。いつもご意見拝見させて頂いています。
自閉連邦在地球領事館附属図書館も当方HPにリンクさせて頂いています。m(_)m)
PS:公式HPの繭子の写真の「CYU」のマークと位置が違う・・・。
気にしすぎでしょうか・・・?
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://alived.com/autism/
繭子に年齢をきかれて、素数で答えてみる美咲に、「仲間がほしかった」っていう思いが見えて。
あれは、「おそるおそる小手調べ」なんです。あんな風に、一回で当たるってことは、なかなかないですけどね。本人たちの集まるキャンプに初めて参加したとき、あちこちで、ああいう「おそるおそる小手調べ」が行なわれていました。
「一番好きな鉄道の駅は何ですか」「鉄道には乗りません」「ぐぐっ(沈黙)」
「どの州から来ましたか」「私は日本から来たので、日本には州はありません」「むぐっ。(沈黙)」
などなど。この程度が現実ですね。でも、ああして年齢の数字をネタに遊んだことは、私にもあります。以下は、実話(笑)。
「僕、26」
「私、33」
「じゃあ、君が34になったら、僕は27だ」
「あなたが36になったら、私は43だね」
「僕が56になったら、君は63」
「あなたが126になったら、私は133よ」(この辺から二人でクスクス)
「僕が436になったら、君は443」(この辺では二人で笑いだす)
まあ、それはともかく。
自分はお天気好きではなかったので、美咲は、「あなた空が読めるのー!」と感心するだけで、天気ネタで一緒に盛り上がることができなかった。
だから、「何かほかにもないかなあ」と思って、ちょろっと出してみたんですね。おそるおそる。ダメもとってやつで。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
> ごめんね。悪気はなかったのだけれど。削除した方がいいでしょうか?
いいえ、これが本当の気持ちだから、決して削除なんかしないで下さい。
> 下の書き込みを見て、泣いています。
ごめんね。悪気はなかったのだけれど。削除した方がいいでしょうか?http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
下の書き込みを見て、泣いています。
美咲ちゃんと繭子のツーショット、何回見ても涙が出て止まらない。
仲間がほしかったのね。それも、もしかしたら、ずっと前から。
「わかるの。私とおんなじだって」っていうひとことで、もう、ぐっと来ちゃった。「ここに来るのー?」っていうセリフは、とても重く聞こえた。来てほしいのね。でも、直接は言えないのよね。
天気予報の会社に入りたい繭子が、「行かない。行かない」って言ってる間ずっと、私はつい、美咲のこと思い出してました。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
「ビューティフルライフ」で杏子が死んでしまったことは
不満で不快だと思った方もいらしたでしょう。
あのドラマは「幸せな死別」を描いたものだと私は思っているから、
あの結末でハッピーエンドだと思います。
“死が二人を分かつまで”と言うけれども
「死」こそが二人の絆を永遠のものにする場合もあるという話。
あれほどに「魂と魂のゆびきり」が成就したら、
例えば、柊二に新しい出会いがあったとき、
その相手が杏子ごと受け入れる女性なら
とてもいい関係が成立するだろうと思います。
けれども、狭山先生の「死別」はそういうものではなかったようですから、
繭子側の事情だけでなく、狭山先生の側からもこの二人に
恋愛関係が成立することは非常に難しいのではないかと思います。
それにしても、「学校V」の黒田勇樹くんは素敵だったわ。
Linkgoさんの
>結局、家族の中では、あのお父さんが一番の味方って気がするな。
私を含めどれだけの人がこう思ったでしょう?
繭子の弟ですらひょっとしたら「姉を直してあげたい、姉を普通にしたい、姉を自分達の世界に引き戻したい。」と思っているかもしれません。思う事は悪くはないのですが、それを究極の目標においていたら大いなる勘違いかもしれません。
megumiさんの
>そういう狭山先生だから、きっといつかは
>繭子本人が「普通になりたい。教えて下さい。」と
>思い詰めることが本当の繭子を否定することだと
>気が付いてくれると思いたいです。
ドラマの最終回にこのあたりがどう表現されるか最大のポイントだと思います。でも健常者が作り、健常者に感動を与えようと作るドラマです。一緒に苦労しながら普通になる努力をしたり、ひょっとしたらかなり普通にさせてしまって「健常者の望むハッピーエンド」のシーンをなんとなく危惧してしまいます。曜日は違いますが、ビューティフルライフの最終回で常磐貴子が死んでしまったそうですが、同じTV局の場合、ハッピーエンドとそうでないものを交互に作ると言う暗黙の了解が有るらしいです。となると、今回はTBSのメインドラマはハッピーエンド(ただし健常者の望む)かもしれません。
シュッツさんの書かれた笑顔って「空笑」ってやつですね。
私もこれのためにいわれのない誤解(人の話を真剣に聞いていない、とか、バカにしてる、とか)を受けてきたので、対処法があるものなら、教えて欲しいデス!!!でもそんな対処法、ないらしい。
私は1.アイコンタクトなし、2.無表情、3.空笑、という三重苦(苦笑)があるので、どうしても誤解をしてほしくない相手には、自閉症であることと、この3点を誤解しないでほしい、という旨を伝えています。大変勇気がいることですが。
ご存じの方も多いと思いますが、
4/28(つまり今日)の19:30〜20:00、NHK教育で
布施和生さんという自閉症のギタリストの方が紹介されます。
詳しくは「布施和生のホームページ」をご覧ください。
この人のお父さんが書いた「自閉症という問題」「自閉症の神話」という文章は、70年代〜80年代初頭(専門家の間でも自閉症の見解について混乱があった時代)をサバイバルしてきた親の記録としてなかなか感慨深いものがあります。
このBBSには初めて書きます。
私はドラマというものが苦手な人間なので、
自閉症のドラマの気にはなっていたのですが、今まで見ていませんでした。
やっと昨日、「君が教えてくれたこと」の途中から見たのですが、
やっぱり最後までは見ていられませんでした。
だから見ていた時間は30分程度だと思うので
それだけで全体を語ることは出来ませんが、
その範囲内で思ったことを二つ書きます。
一つ目は、繭子が「笑い方を教えて」と人に頼んでいたことです。
私は逆に、苦しいときや笑うべきでない時、辛さを人に説明したいときなどに
どうしたら笑わないように出来るかを教えて欲しいです。
おかしいとか楽しいから笑うのではなく、気持ちとは別に笑顔になってしまうのです。
そんな顔をしたくないのに、笑顔を作ってしまうのをどうしたら止められるのでしょうか。
笑い方が分からないのとは正反対ですが、
根底は同じ様なものではないかと思ってしまいました。
二つ目は、一口に自閉症と言っても色々な性格があるはずですが、
私が見ていた30分の中では、繭子は「うちに閉じこもる」タイプに見えました。
始めから見ていれば違うかも知れませんが、そのときはこの発言は
このドラマのことではなくて、一般的な話だと思って下さい。
上記のようなタイプで自閉症を描くと、世間一般にある誤解を
更に助長するような気がしました。
繭子はそれでもいいとして、他にもっと明るい、多動性の強いタイプを
登場させることも必要ではないかと思いました。
すでに出ているのならいいのですが。
以上、まともにドラマを見ていないのに、長々と意見を書いてしまいました。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www12.freeweb.ne.jp/art/h_schutz/
megumiさんのコメント読んでまたしても泣けました。(一生懸命「普通になろう」と虚しくも努力してきた過去の清算を、今少しずつしている私なのですが、ずいぶん時間がかかるのです。そんなところへ、あのドラマは急速に効き過ぎるクスリみたいなものなのです。)
megumiさんのように分かってくれる人がいるなんて、嬉しくてたまりません。ありがとう、本当にありがとう。
「待ち合わせに遅れていった理由」で自分を責めているみたいでしょう。
もう、取り返しがつかないことだと頭では解っていても
自分で自分を許せない何かを抱えている。
先生の心的外傷性ストレス障害は「死別」のためだけじゃないのね。
自負心があればあるほど、自分の犯した自分への裏切りは重い。
純粋に死別と向き合えない自分を責め続けている。
そういう狭山先生だから、きっといつかは
繭子本人が「普通になりたい。教えて下さい。」と思い詰めることが
本当の繭子を否定することだと気が付いてくれると思いたいです。
でも、ドラマの展開としてはそこへいくまでに
繭子が「普通」になるためのありとあらゆる努力をして
苦しむ様子を描かなければ説得力が無くなるでしょう。
現実に存在する繭子のような人たちのかわりに
現実に存在する繭子のような人たちがそうしなくても済むように。
御本人の方たちにはとても辛い場面になるでしょう。
親の私にとっても、現実にある同じ様な場面を
本人の側から見るとどうなのかと改めて感じることができるだろうと
思います。
想像するだけでも切ないけれど。
美咲と繭子は似ていました。
自分を「自閉症」と知って生きてきた美咲と知らなかった繭子の
対比だから、あんまり違うタイプにはできなかったのかなぁ。
こうなると、樹木希林と田中邦衛と山城新伍と
あと、うちの子もエキストラにしてもらって〜(自爆)
繭子はどこまで思い詰めていくのかなー。
練習練習、訓練訓練って。
お母さんも、サヤマ先生も、止めないんだもん。
お母さんなんか、「笑ってもらえたら嬉しい」とか言っちゃって。自分が嬉しいからって・・・
私もああいう時期を通過したので(診断前だけどさ)、人ごとじゃないって感じ。
美咲さんみたいにブレーキかけてくれる人はいなかったしね。
結局、家族の中では、あのお父さんが一番の味方って気がするな。クラゲ飼ってるし(笑)理解してもらえる環境を探してやろうって思って、頭下げて見つけてきてくれたんだ、あの工場(騒音のことまで考えてなかったみたいだけど)。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
そう、文化ってのはキーワードですよね。私は普段、表情がどうしても固いので道で人に会ったときなんかには苦労するのです。よく「怖い」とか「仏頂面」とか言われるので、便宜上、それこそ美咲さんが言ってたみたいに「人のために笑う」ことをしています。でも日本を一歩出ると、こういう愛想笑いみたいなことをする国民は私の知る限りではいないのです。日本に来た外人がよく言うじゃないですか、「日本人はスマイルを絶やさない、フレンドリーだ」って。彼らは日本人特有の愛想笑いを言ってるんじゃないでしょうか。
> 昔いた職場で、「あなたはこれを読んでもっと人間関係を勉強しなさい」と先輩に手渡された本を思い出しました。鈴木健二(敬称略)の「気くばりのすすめ」でした。ちょっと読んだだけで、私にとってとんでもない無理難題を要求する本だと分かったので、読むのを止めました・・・
それ、私は丸暗記して猿マネをして、ひどい恥をかきました。
でも、何度聞いても「気くばり」が「菊針」って聞こえてしまう。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
軽度ではありますが、4歳になる娘があまりに周りから浮いてきたら海外へいったん移住しようかと目論んでいます。ある程度して帰ってくれば、「帰国子女」ということで少しくらいの会話のチグハグや変わった行動も、「帰国子女だから」と大目に見てくれるんじゃないか、と。別に行ったきりでもいいんですが。
昔いた職場で、「あなたはこれを読んでもっと人間関係を勉強しなさい」と先輩に手渡された本を思い出しました。鈴木健二(敬称略)の「気くばりのすすめ」でした。ちょっと読んだだけで、私にとってとんでもない無理難題を要求する本だと分かったので、読むのを止めました・・・
「自閉症の持っている特殊性は調節や抑制がきくのだ」(T.グランディン「我、自閉症に生まれて』の一節より)
君が〜の第3回のラスト、まさにこれでは?
やっぱり、ともさかさんはすごいな、と。
でも、「自閉」として出てきた「工場の女の子」は、私から見たら、普通の子でした。
> 例えば、輝さんが掃除をずっとしていたシーンなんて
> 確かにフィクションだけど、全く起こりえない話ではないですよね。
はあーーー。
そのまんまの経験、あります(激恥)http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
自己レス失礼。
>
> 私たちはそれとは独立に発想し、感じ、考え、成長し、行動している。
これは何も、必ずしも私たちが他人をどうでもいいと思っているという意味ではありません。
独立の経路をたどって、独自の発想をして、独自の事情に基づいて反応している、それが【たまたま】皆さんの規準で「思いやり」になったりならなかったりする。それだけの意味でした。
あるいは、人を「気の毒だ」と思っていても、それを表現したら相手が喜ぶとか救われるとかいうことに、気がつかないこともあります。
特に、「自分だったら、辛いときは放っておいてもらうのが一番」という人だったら、他人はそうじゃないってことに気がつかないこともあります。
いろんな要素がからみ合っているんです。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
だいだい、これからのドラマの方向性も見えてきましたね。
細かいところでは、いろいろな意見があるとは思いますが
私は、どちらもいまのところはそんな問題点はないと思います。
(日テレのテロップの件は、ちょっとひっかかってますけど・・・)
私、ひどい誤解を呼ぶようなシーンがあったら
ロケ地に乗り込んでいってやろうかと思ってましたから。
良かったです、大事に至らなくて・・・(汗)
でも気になるんですけど、全く自閉症の知識を持っていない人が
ドラマを見ていて、リアルさを感じているんでしょうか?
例えば、輝さんが掃除をずっとしていたシーンなんて
確かにフィクションだけど、全く起こりえない話ではないですよね。
一般に見ている人は「そんなパカな!!」って
ツッコミいれたりして、見ている人もいるだろうなって
ちょっと思ってしまったんですけど・・
ちゃんと伝わっているんでしょうかね?
これは全部、非自閉者の論理であり、非自閉者の用語だと思うんですよね。だって人口の大部分は非自閉者なんだから、日本語を作ったのは非自閉者でしょう。
私たちはそれとは独立に発想し、感じ、考え、成長し、行動している。
それがたまたま日本語なり英語なり、非自閉者用語で「思いやり」と呼ばれる範疇に一致するからいい、一致しないから残念(あるいは悲しい)という発想は、とても不自然なものだと思うのです。
たとえば、白は純粋さのシンボルだからといって、羽根の白いハトを灰色のハトよりも珍重したり、白い馬を茶色い馬よりも尊んだりするのと同じで。
そんなわけで、私たちの誰それの、個々の行動が、「思いやり」に該当するかどうかは、「思いやり」という用語の定義なり、語義の範囲なりによって決まることだろうというのが正直な気持ちです。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
そうだったのか! よくわかる説明です。これ、もしかしたら当たっているかもしれない。自分の「未解決経験」と照らし合わせてみたら、一致することが多すぎる!
如月さん、ありがとう。
> 海外に出た日本人が現地に溶け込めなくて具合が悪くなるのは、外地では常識だったものが常識でないことに耐えられないからだと思います。私はそういう点ではとても非常識にできているので、違う常識の中にいても毎度のことで何も感じません。それは一種の特技かもしれず、悪いことばかりではないかとも思っています。
これは私も同じです。どうせいつでもどこでも外人なんだから、海外では本物の外人になれるってのは、かえってありがたいことなんです。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
ろむらーに徹していたのですが、ちょこっとだけお邪魔します。
私の娘も自閉症(7才)なのですが、娘の嫌いな食べ物を私が食べようとすると必死で止めます。
娘を見ていると、自分と人との区別がついていないな、と思うことがよくあります。
輝が殴られている達郎をかばう(?)シーン。
あれは「達郎」をかばうためでなく「殴られる」→「痛い」→「不快な気分」という記憶から
条件反射的に「自分自身」をかばうために出た行動なのだろうけど。
それは「達郎のためを思って」ではないにしても、結果的には「達郎をかばっている」かたち
にはなっていますよね。回路(思考)は違っていても答え(行動)が同じであれば、輝のとった
行動も立派な「思いやり」というシールを貼っても良いのかな、と思いました。
> ペンを落とすより前、「そこまでしなくても、話したくないなら、ねえ?」と言ってた面接官がいましたよね。あのとき、あの面接官は横を向いて、自分の同僚に話しかけていましたよね。あれが何を意味するのか、私はわからない。「また失敗したのかな」しかわからない。
「そこまでしなくても、・・・」の部分は私もよくわからなかったので少し考えてみました。たぶん面接官の場合、口頭で説明することもEメールのように文書化することも両方可能なので、簡単なことは口頭で重要なことは文書でと同じ行為に対して形式的な序列を作っているのです。だから面接官にとってそれほど重要なものではなかった学校を辞めた理由を、文書で答える必要はないという意味で「そこまでしなくても」という言葉を使ったのだと思います。
繭子さんの方は、きっと口頭で今すぐに説明することは不可能なので文書化されたEメールならばできるかもしれないと思い、それが「Eメールならば・・・」という答えになるのです。そして彼女は面接の結果にかかわりなく長いEメールを送ります。
口頭の説明と文書の説明に、手間がかかるか、かからないかの違いしかない面接官のような人と、文書化するにしても二、三日はかかるだろう繭子さんのような人とでは文化的背景というようなものがぜんぜん違います。両方が可能であれば形式的な序列をつけることも文化的な洗練と取れますが、片方しかできない人にとってこれは随分と困った辛い事となります。
さらに誤解の元になるのが、口頭と文書の間にこういう違いがあるといちいち説明をしないでいきなり「そこまでしなくても、・・・」と言われるので、違う文化的背景を持っている人は戸惑ってしまいます。その文化的背景を一般的には常識といいますが、それは文化というべきもので絶対的なものではありません。ある地域でのみ通用するもので、普遍化されたものではないのです。
海外に出た日本人が現地に溶け込めなくて具合が悪くなるのは、外地では常識だったものが常識でないことに耐えられないからだと思います。私はそういう点ではとても非常識にできているので、違う常識の中にいても毎度のことで何も感じません。それは一種の特技かもしれず、悪いことばかりではないかとも思っています。
> 健常なものでも「かわいそう」っていうのは喧嘩を見たその場では、強く感じないのでないかな、と。
言葉の概念としての「かわいそう」が分かるかどうかという事と、それを実際の人に対してどう使うかという事は、また別問題なので…。
で、「自閉」というのは後の方に大きく係わっていることだと思いますが。アスペルガ―タイプは、単に前者の方の障害が軽いというに過ぎないのでは?
> > 「殴られてかわいそう」という感情って持っているものなのですか?
一口に「自閉症」と言ってもいろんな人がいるので、たまたま私の場合ということで補足します。こういう一つのテーマについて、できるだけ多くの本人が自分のことを語ってくれると、もっと良いと思いますが…。(親御さんは、その中から自分のお子さんはどれに近いか当てはめてみれるので。)
私の知っている自閉症児のエピソードです。(実は、私も一緒です。)
ある時、お母さんがおなかが痛くて寝ていたら、泣きながらお腹をさすってくれた。←お母さんは、「人を思いやれるようになった」と感激した。
なのに、ある時は、おなかが痛くて転げまわるお母さんを見てケラケラ笑っていた。←当然、「人の気持ちも知らないで!」と怒った。
どちらの場合も、「この子のやっていることに、感情をくっ付けて解釈してはいけないよ」と私はアドバイスしました。
始めの例の時、実はその子も同じようにおなかが痛くって学校を休んでいたのでした。昨日の輝さんも、殴られた傷が実際に痛かったので達郎を殴ろうとしていた人を止めに入った。という理屈です。
でも、すべての「自閉症者」に当てはまるわけではありませんので、あしからず。
日本テレビの金曜ロードショーで、「学校V」が放映されます。
4月28日(金) 9:03〜11:44
こちらでは黒田勇樹君が、自閉症トミーを演じていますね。
山田監督が、自閉症の役は、美少年でないといけない。という
信念で(?)黒田君に白羽の矢が・・・という話を聞いたことが
あります。ステキな青年を熱演してくれていた記憶があります。
「マーキュリーライジング」と「学校V」を立て続けに映画館で
観たなぁ。あの時。
でも、なぜ今、こんなに「自閉症」取り上げるんだろ?
とりあえず、録画の予約をしました。
水曜、木曜、金曜と、今週は楽しみが多い。(^。^)
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.niji.or.jp/home/xicczt/
ペンギンさんの書き込みを見て感じたのですが、
健常なものでも「かわいそう」っていうのは喧嘩を見たその場では、強く感じないのでないかな、と。
「いたそー」とか「わ、血だよ」みたいな感覚は有るはずですが。
そして少したってから、あるいは客観的に見れるようになってから
「かわいそう」という共感になるように思うのですが。
だから喧嘩を止めさせると言う行為は、実際にはかなり本能的なもので「その場の騒動を目の前から無くしたい」というペンギンさんやLingkoさんの感覚と大きく違わないと思うのですが。
>息子(娘の兄)がケガをすると、「きずテープ!!!」といって、き
>ずテープを貼るまで大騒ぎしていますが、傷を負った兄がかわいそう
>なのではなく、自分が傷を見みたくないというただそれだけな気がす
>るのです。
私たち夫婦も、最後のこのシーンを見ていて、「あれはないよねぇ。」
と話しました。少なくとも、うちの息子にはないよね、って。
で、主人が笑いながら言っていました。
「うちの息子みたいに、あの状況になったときの反応が、(ウーア!
ウーア!と大暴れしながら、大パニック起こしたほうが、)もっと
インパクト強くて、悪徳金融業者もコリャいかんと、そそくさと
立ち去るだろうな。」
ま、ドラマで扱うと、また要らぬ誤解を招くかもしれないけど。
> 「殴られてかわいそう」という感情って持っているものなのですか?(ドラマの中で、てるがかわいそうと思っているように見えたというわけではなく、私の素朴な疑問です。)
うちの息子には「殴られている人がかわいそう・・・という感情はない
と思っています。人が殴られるのを見るのは嫌だと思うけど、それが
かわいそうだから、という感情かどうかは疑問です。
また、それを自分の身をていして助けに行く、という行動をとるのも
疑問です。やっぱり、その場でパニックを起こすほうが自然かなぁ。
でも、基本的に人が泣いたり、悲しんだり、争ったりしているのを
見るのが、とても嫌いな平和主義者だと、私は思っています。
> もし、持っていないとしても、ドラマや実生活の中で、「本当はかわ>いそうだと思っているんだよ」という誤解もとっても有用だとは思っ
>ていますが。
そう思いますよ。あのシーンは、ま、あれでもいいかなって。
息子の心の中は、推測はできても、確実に知ることはできないから。
もしかしたら、違った形で、「かわいそう」ということを思っている
かもしれないもの。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.niji.or.jp/home/xicczt/
> 「殴られてかわいそう」という感情って持っているものなのですか?(ドラマの中で、てるがかわいそうと思っているように見えたというわけではなく、私の素朴な疑問です。)
私は、とっても軽度のはずの本人なのですが、輝さんと同じような感覚を持っています。自分が「ケガは痛い」という体験をすると、似たような場面で他人が同じ状況に置かれているのを見て、自分も同じ状態に陥ってしまって「痛さ」や「辛さ」を感じることができます。
これを良く取ると、「他人への思いやり」と見えるだろうし、こうやって学習できるのは便利だと思いますが、実際の心理的な過程としてはちょっと違っています。
> 「殴られてかわいそう」という感情って持っているものなのですか
人によっていろいろだと思います。持っている人もいるだろうし持っていない人もいるかもしれない。
ただ、他人の傷を見たくないとか、他人の泣き声の音声が痛いので聞きたくないといった、感覚過敏やこだわりがある場合、それがあまりにも切実なので、他人を気の毒に思う気持ちがたとえあっても、表現する余裕がなかったり、信じてもらえなかったりするのは確かです。
あと、私の場合、痛覚に過鈍があったため、他人の痛がっているのが理解できずに、よく責められた記憶はあります。叱られても叱られても、意味がわからず、「自分は悪い人間だ」ということしか理解できませんでした。
もう少し小さいころだと、見えないものはないと信じていたので、私が目をつぶって耳をふさげば、他人と他人の間の暴力が止まると思っていたこともあります。目をつぶって、耳をふさいで、私はすっかり、ケンカを仲裁したつもりになっていました。それで助けているつもりだったのです。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
このBBSでは、ご本人さんも、いらっしゃるようなので、ちょっと聞ききたくて、おじゃましました。
今日の「天使・・・」のなかで、てるが殴られている弟をかばう(?)シーンがありましたよね。
ウチの娘(6才、自閉症)や同じ障害を持った子供達をみていると、「殴られると痛くてかわいそう」だから殴るのをやめさせたり、いやがったりしているように思えないのです。息子(娘の兄)がケガをすると、「きずテープ!!!」といって、きずテープを貼るまで大騒ぎしていますが、傷を負った兄がかわいそうなのではなく、自分が傷を見みたくないというただそれだけな気がするのです。
「殴られてかわいそう」という感情って持っているものなのですか?(ドラマの中で、てるがかわいそうと思っているように見えたというわけではなく、私の素朴な疑問です。)
もし、持っていないとしても、ドラマや実生活の中で、「本当はかわいそうだと思っているんだよ」という誤解もとっても有用だとは思っていますが。
はじめまして。重度の親をやっている者です。
とっても大勢いるロム魔の中の一人です。(^^;
>ドラマ以外の話はどこか話ができる所が
>あるんですかね。どなたかご存知でしたら教えてチョ。
自閉症の話がなさりたいってこと、ですよね?
あの、インターネットじゃないんですけど……。
ニフティのパソ通の中に「障害者教育フォーラム」というのがあり、自閉症の会議室が10年以上も続いています。
私らみたいな親はもちろん、学校の先生やら施設の職員やら療育の専門家やらが大勢いて、話ならいくらでも出来ます。(^o^)
ただ最大の欠点は、ニフティのアドレス持ってないと入れないってことなんですけど……。
以上、情報として書かせて頂きました。m(__)m
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.join-am.ne.jp/~tsukushi/
ドナさんの情報ありがとうございます。
感激です〜〜。
さっそくいったのですが.......。
私には、辞書と時間がとっても必要です。
情けない。
今日発売のテレビ情報誌に、『君が教えてくれたこと』の参考図書になっている『自閉症だった私へ』の著者、ドナ・ウイリアムスさんのホームページについて紹介されていましたので、ご報告します。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.donnawilliams.net/
おお!早速の素早い行動、ありがとうございます。
一応過去logは目を通したつもりだったのですが、いくつかのスレッドを見落としているようです。
情報量が多いので…と言い訳ですけど、新米のやることとご寛恕くださいませ。
前にも少し書きましたが、ドラマ以外の自閉症の話題をしないでというのは現在必要が無いと思っていました。
これを書いた時点はドラマに対しての前アクションを前提としていたので「私(の子)の場合は・・・」
が始まるとこの場を立ち上げた意味が薄れると思ったので定義させて戴いていました。
それで予告した通りトップのページを少し内容替えしてきました。
これでよろしいでしょうか。
nomadさんへの答えにもなっていると思います。
…う。ドラマを楽しみにしている人には無神経な言い方でしたね。ゴメン。
>ドラマに関する自閉症の話題ならOKですが、その他の
>自閉症の話題はご遠慮下さい。
とのことですが、ドラマ以外の話はどこか話ができる所が
あるんですかね。どなたかご存知でしたら教えてチョ。
言いたいこと少々あるのですが、ドラマには興味も無いし
期待もしてないのでいろんなものが溜まるのですよ。
「サイダー」の件もそうだけど、自閉症の人の問題行動と
言われることや、言葉、動作などを、こちら側のちょっとした
配慮で、他の人ともいらぬ摩擦を起こさずにすむことって
ありますよね。
うちの息子は大人の咳払いが嫌いで(というより、耳に嫌な音
だと思う)、以前は我慢させていたのです。
今から思うと、かわいそうだったなぁ。
誰かが咳をすると、服をかんで暴れるか、「ありません!」と叫ぶ。
その行動を、「ガマン!」という言葉を発して、こちらに信号を
送れるようにして、その後、その言葉を「大丈夫?」に切り替えて
いきました。
最近では、誰かが咳をするとすかさず、「大丈夫?」と叫ぶ息子。
言われた人は、「ありがとう、大丈夫だよ。」と答える。
「大丈夫?」の意味は「止めてよ!咳なんて嫌いだから。」
なんだけど、言われたほうは、違和感ないですよね。
周りが自閉症の人の行動を理解して、他の人との間の通訳者、
潤滑材になることも大切ですよね。
と、ドラマから少し離れた・・・。(^^ゞ
今日は第3話。「天使が消えた街」
今日の見どころは、自閉症輝さんと暮らす困難さ、かな。
達郎君が、どう乗り越えようとするか。理解しようとするか。
楽しみ。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.niji.or.jp/home/xicczt/
> > そして、なぜ笑われたのかはわからないけれども、笑われているらしいことくらいは一応わかるんです。何が悪かったのかまではわからないけれども、「自分はよく人に叱られる」ということだけは知っているんです。
> >
> > とはいっても、それは純粋に知的な理解にすぎません。実際の相手の表情は読めないわけだし、自分がなぜ人を怒らせるか、なぜ人に笑われるかまではわからない。
> >
> これをドラマの文脈の中でいうと、第二回のラスト、公園で、「とちゅうで逃げ出すかもしれない」という慎一に、「どこへ?」とききかえしてしまった繭子が、「違いましたか」という一言。
私はね、自分の間違いを、後で気付く時もある。(自分の言動がおかしくないか、かなり、過敏になってますから。いつも。)
又、相手が、私の顔をのぞきこんで、不思議そうな顔をして、じーっとか、じろじろとか見たり、顔を歪ませて、こちらを見たりされた時、
あっ? なんか違ったかなァ?変だったかなァ?
(でも、どこがおかしいのかは、ワカンナイよぉ・・)
でも、それをその人達には訊けなかった。バカと思われそうで。 いっぱいあるんですよ。 このような経験が。
繭子も、そのような経験をいっぱい、してきたから、
誰かに、教えてもらいたかったんじゃないかなァ。ずっと。
そして、真一さんなら、色々教えてくれるかもしれない。だから、「違いましたか?」って訊けたんじゃないかなぁ?
私は、人の感情や反応、又 自分のどこがおかしかったのかが、
理解できなくて、不思議で、不思議で。(でも訊けなくて)
教えてくれる人が欲しかった。解説してくれる人が。
> これをドラマの文脈の中でいうと、第二回のラスト、公園で、「とちゅうで逃げ出すかもしれない」という慎一に、「どこへ?」とききかえしてしまった繭子が、「違いましたか」という一言。
私は、それが間違いだと気づかないから平気で見れる。繭子さんって偉い!よく気が付くねぇと感心してしまう。
でも、私は私でとんでもない言葉に傷ついている。それぞれみんな、して来たことが違うから、100人100様ですね。
> 「おーーい。サイダーに話し掛けるなよぉ。」^_^;
> 周りのお客さんに、ウケル、ウケル。(~_~;)
うちにも似たような事が・・
うちの子は輝さんの部屋にもあるサインポールが大好きで
見つけると必ずお持ち帰りしようとします。
あれ、下に滑車がついてるタイプのものがあって
子供の力でも動いたりするんですよ。
だから「それはテイクアウトなしよ」って言うと
通りかかった人たちに結構ウケたりして
「坊主、力持ちだなあ」って頭をなでてくれる人もいます。
本人は、ほめられるでもっとやったりするのが
ちょっと難点ですが・・・
うちは話せないんですが、なんとなく指示が入る状態だし
私が漫才のツッコミ状態でいつも話しているので、
あまり違和感はないようです。
子供が話せないのに気づく人はいないですもの。
でも、これって大人になってやったら、
やっぱ泥棒に間違われるだけだよなぁって思う今日この頃・・
とっても重いテーマだと思います。彼の気持ちもかおりさんの気持ちも良く分かります。普通は「天使が〜」の堂本君や内田有紀ちゃんのようにはいきませんからね。彼もご両親が他界された後々には自分が何らかの形で姉に関わらなければいけない事を知っているし、遺伝的要素が関わる場合も有るので思い悩むのはなおさらです。重みを感じているからこそ、そしてかおりさんの事を真剣に考えれば考えるほど言い出せなかったのでしょう。男として彼の気持ちを代弁すれば、決してかおりさんを信頼していないのではなく、大切に思い、守ってあげたいと言う気持ちが強ければ強いほど言い出せないものです。そして自ら別れるというのは、唯一導き出された答えです。
> そんな息子に、私はレジの列から大きな声で言いました。
> 「おーーい。サイダーに話し掛けるなよぉ。」^_^;
> 周りのお客さんに、ウケル、ウケル。(~_~;)
まわりが明るく、さりげなくかわしていくと、それほど奇妙に感じないのではないでしょうか。きっと周りの人も「ちょっと変わった子」と感じるだけなんですよね。で、「サイダーに話し掛けるなよ。」の一言が無かったら「あの子、何?」と、雰囲気がドンヨリするのかもしれません。
ワサビがお気に入りの息子(3歳5ヶ月)と買物に行くと案の定ワサビの前で何度も何度も「ワサビ」と言いつづけるのですが、相づちを打っていっしょに話しています。
「ワサビ!」
「あ、ワサビはうちにあるよ」
「わーさび!!」
「ワサビは辛い辛いだから、君にはだめ」
「わさび」
「だからー、今日は買わない」
沈黙の中で息子だけが「ワサビ」言いつづけている姿よりは異様さが少ない(?)と勝手に思っています。
自己レスですみません。
先ほど私はこう書きました。
> でもね、「いかにもかなり変わっている」行動に対しては、人はそれなりに腹をくくって接してくれたりするけれど、「かなりまともそうに見えるのに、微妙に変」な行動をとる人は、別の前提に基づいて、別の文脈で冷たい扱いを受けるっていう現実じゃないでしょうか。
>
> そして、なぜ笑われたのかはわからないけれども、笑われているらしいことくらいは一応わかるんです。何が悪かったのかまではわからないけれども、「自分はよく人に叱られる」ということだけは知っているんです。
>
> とはいっても、それは純粋に知的な理解にすぎません。実際の相手の表情は読めないわけだし、自分がなぜ人を怒らせるか、なぜ人に笑われるかまではわからない。
>
これをドラマの文脈の中でいうと、第二回のラスト、公園で、「とちゅうで逃げ出すかもしれない」という慎一に、「どこへ?」とききかえしてしまった繭子が、「違いましたか」という一言。
私にとっては、ペンや面接の受け付けなどよりも、はるかに痛く響きました。
「私はいつも、何かしてもらうだけ?」と並んで。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
私、小学生だったころの息子を連れて、スーパーへ行ったときの
逸話を思い出しちゃいました。
私がレジで並んでいるとき、息子は向こうの缶ジュースがたくさん
並んでいるコーナーで、サイダーの缶を一本手にして、
「サイダーはいかん!」(関西系?)
と、ケッコウ大きな声でつぶやいていました。
そんな息子に、私はレジの列から大きな声で言いました。
「おーーい。サイダーに話し掛けるなよぉ。」^_^;
周りのお客さんに、ウケル、ウケル。(~_~;)
> 輝さんの存在がそんなに「異質」じゃないんですよ。
「天使が〜」の方は、シビアな面もあるけど、全体に
コミカルな味があるので、私は実生活と重ねて見ていて、
とってもラクな部分があります。
輝さんが、スーパーで何かを手にしてぶつぶつ言うのを、
少し離れたところから、達郎くんが
「おーーい、○○に話し掛けんなよぉ。」
なんてシーンがあると嬉しいなぁ。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.niji.or.jp/home/xicczt/
>「柔和で、人を馬鹿にせず、丁寧に説明してくれるひと。」
これは、ほとんど感情語で記述されていますね。
「柔和」「馬鹿にしない」「丁寧に」、そして「説明してくれる人」=優しい人。
そういうことが読み取れれば良い、と言うわけではないのです。表情に「お節介な気持ち」とか「怒っている感じ」があると、反応が過敏になってしまいます。それから、ただの生物としての肉体なのか、干渉してくる意志を持った身体なのか、ということが分からないのです。
はじめまして。前に付き合っていて彼のお姉さんは何か障害を持っているようでした。家に遊びに行ったら大きな声がしたり、お母さんが毎日夕方に散歩に連れて行くのが日課のようでした。彼は付き合って5年たってもお姉さんの事を全然話してくれませんでした。姉がいることさえ会話のなかに出てきた事がありません。お姉さんがいることを他人から聞いたくらいです。お姉さんが障害を持っているらしいと思ったのは遠くから見かけたりした時に立ち振る舞いがなにか違うなあと思った事が最初でした。写真の写りなどを見た時にも思いました。彼は付き合いだしてすぐ「結婚したいね」と言っていました。でも私は家族の事を一切口にせず、私に結婚の約束をさせようとする事が嫌で「そのうちに話てくれる」と思っていました。でも結局最後まで何も話してくれずに最近別れました。言い出したのは彼でした。原因は家族の事は関係ないんですが、やっぱり私は何年たっても何も話してくれない彼を信頼出来ませんでした。でも私から別れ話をすることは出来ませんでした。「家族のことで」というのが直接原因じゃないけど「家族の事をはなしてくれない」という事を彼に伝えた時「お姉さんのせいで」だと思われたくなかったんです。話せないのには今までの過去の経験や周りの態度など色々あったのかもしれません。でも5年まっても話てくれなかったという事は、彼も私をよっぽど信頼していなかったのかと思うと悲しいです。
関係ない愚痴をかいてしまいすいませんでした。お姉さんのことを知りたくて色々なページを見てきました。別れてしまった今でも皆様のページ、拝見させてもらっています。
はじめまして。前に付き合っていて彼のお姉さんは何か障害を持っているようでした。家に遊びに行ったら大きな声がしたり、お母さんが毎日夕方に散歩に連れて行くのが日課のようでした。彼は付き合って5年たってもお姉さんの事を全然話してくれませんでした。姉がいることさえ会話のなかに出てきた事がありません。お姉さんがいることを他人から聞いたくらいです。お姉さんが障害を持っているらしいと思ったのは遠くから見かけたりした時に立ち振る舞いがなにか違うなあと思った事が最初でした。写真の写りなどを見た時にも思いました。彼は付き合いだしてすぐ「結婚したいね」と言っていました。でも私は家族の事を一切口にせず、私に結婚の約束をさせようとする事が嫌で「そのうちに話てくれる」と思っていました。でも結局最後まで何も話してくれずに最近別れました。言い出したのは彼でした。原因は家族の事は関係ないんですが、やっぱり私は何年たっても何も話してくれない彼を信頼出来ませんでした。でも私から別れ話をすることは出来ませんでした。「家族のことで」というのが直接原因じゃないけど「家族の事をはなしてくれない」という事を彼に伝えた・
> >「私はよく人を怒らせる」「私はよく人に笑われる」
> >「内心怒っていても、笑っていても、私には何も直接言わない
> >人がいる」
> こういった人達それぞれに対しては、どのような気持ちを持ちます?
なんにも思いませんよ。そんなものだと思っていますから。
> もしLingkoさんが接しやすい人といったら上記の逆と思えば良いですか? 「柔和で、人を馬鹿にせず、丁寧に説明してくれるひと。」
接しやすいかどうかは、こういう条件によっては決まらないです。関係なく、生理的に接しやすい人が、接しやすいです。
こういう説明は、できたら同じあるいは類似の障害を持っている人どうしの間で、陰で相談して解明するか、同じ障害の人で、考えて解明した人に伝授してもらえるのが理想です。
あるいは、人にきくのではなく、本に書いてあれば。
> でもこれって、誰もが望む人かもしれませんね、実は。
というわけで、「誰も」の中には、私は入らないようですね(笑)。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
>「私はよく人を怒らせる」「私はよく人に笑われる」
>「内心怒っていても、笑っていても、私には何も直接言わない
>人がいる」
こういった人達それぞれに対しては、どのような気持ちを持ちます?
もしLingkoさんが接しやすい人といったら上記の逆と思えば良いですか? 「柔和で、人を馬鹿にせず、丁寧に説明してくれるひと。」
でもこれって、誰もが望む人かもしれませんね、実は。
> この状態は、ときどき、「妄想」と混同されます。
>
> でも、妄想とは発生機序が違うんじゃないかな。「論理的に考えた結果を信じている」という点です。
この部分は、もちろん、「妄想」を伴う別の障害の方に対する差別意識を含んではいません。どちらが良い悪いじゃなく、横並びに「種類が別」と言いたいだけです。
私はかつて、自閉とは全く別の原因から「妄想」を経験したことがあるので、その途中経過の「似ていなさ」が何かわかるんですよ。
おんなじように現実と合わない思い込みをもっていたとしても、「材料不足の中でそれなりに自力で推論した結果の思い込み」と、「妄想」による思い込みと、もう一つ、「強迫」の思い込みは三者三様、全部ちがいます。色も、手ざわりも、解き方も。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
> 私も、自分の周りの「物」たちの存在の外側の背景に「人」がたくさいいることを発見して以来、その人たちはみんな「私に怒っている」、そのひとたちがささやいているのは「私への非難」だと思っていました。つい最近まで。
この状態は、ときどき、「妄想」と混同されます。
でも、妄想とは発生機序が違うんじゃないかな。「論理的に考えた結果を信じている」という点です。
つまり、途中経過の運び(論理演算)には破綻がないのに、代入する材料が足りない。推論は間違ってないのに、判断材料を入力する部分に問題がある。「人の表情がわからない」というところから出発しているから。
そして、自分のやったことが失敗になる理屈をわかっていなければ、非難も嘲笑も、アトランダムに見えるしね。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
> 削除しました。>りんごさん
sipponaさん、ありがとう。(^^ゞ (^^ゞ (^^ゞ
『天使が消えた街』は、コメディタッチ。で、好意的に描かれているから、あの笑いは嘲笑には見えない。
『君が教えてくれたこと』は、リアリティを追究している。
私も、自分の周りの「物」たちの存在の外側の背景に「人」がたくさいいることを発見して以来、その人たちはみんな「私に怒っている」、そのひとたちがささやいているのは「私への非難」だと思っていました。つい最近まで。
私も「天使」の方は福田さんと同じように見てました。
脇役やエキストラにもみんな一癖あって、ドラマとして見てて面白いです。
輝さんの存在がそんなに「異質」じゃないんですよ。
舞台が川崎という設定もあるのかな。田舎にいたときよりも、こちら(川崎付近です)の方が、居心地はいいような気がする。
ERのように長期の連載なら、福田さんのおっしゃる演出も可能なのかな?いかがでしょう、局の方。
少し話題がそれますが、多動について書いておられた方がいらっしゃるので。
種々の本に自閉症患者はなぜか向精神薬に弱い。と書いてあります。バイオの世界に足をつっこんでいるものとして意見します。
向精神薬に弱い、ということは、・・・おっと生化学的な説明は省きますが、やはり、神経系に影響を与えるような外からの環境因子(化学物質など)の代謝にも健常者とは違いがあると考えています。そこで私は興奮性ニューロンを刺激すると言われるグルタミン酸ナトリウム(ご存知、あの化学調味料ですよ)を極力控えています。
多動の原因は他にも亜鉛不足とか、ビタミン不足とか、いろいろ言われていますが、私個人はこれが原因ではないかと考えています。(これをクロだと裏付ける研究結果もあります。もちろんシロとするものもありますが、メーカの息のかかった研究者のもののようです。)
自閉症のうち、多動だけを捉えて考えると、その原因遺伝子のスイッチをオンにしてしまうのは、過剰なグルタミン酸ナトリウムの摂取だと考えているのですが。
反論される方があれば歓迎します!!!どうか異論を提供してください。
でもね、「いかにもかなり変わっている」行動に対しては、人はそれなりに腹をくくって接してくれたりするけれど、「かなりまともそうに見えるのに、微妙に変」な行動をとる人は、別の前提に基づいて、別の文脈で冷たい扱いを受けるっていう現実じゃないでしょうか。
パーティー会場でのささやき声や、水を浴びる人は、直接本人に接しているわけではないので、本当は別なんですけどね。たとえば就職試験の面接官。
私も外に出ると、要約したらたぶん「健常者のくせに、こんなこともできない」っていうような意味の視線(比喩的な意味です)の中で生きています。
つまり、ただの(非常に)ダサい人、ただの(非常に)非常識な人、ただの(非常に)不器用な人、ただの(非常に)わがままな人として、裁かれ、笑われながら生きています。
そして、なぜ笑われたのかはわからないけれども、笑われているらしいことくらいは一応わかるんです。何が悪かったのかまではわからないけれども、「自分はよく人に叱られる」ということだけは知っているんです。
そして、ある年齢をすぎたころに、「陰で笑っていても(実は怒っていても)、直接私には何も言わない人がいる」ということに、気がついてしまいます。
とはいっても、それは純粋に知的な理解にすぎません。実際の相手の表情は読めないわけだし、自分がなぜ人を怒らせるか、なぜ人に笑われるかまではわからない。
すると、この中途半端な理解から何が生まれるか? 慢性的な不安です。怒っていない人、笑っていない人まで、「もしかしたら怒っているかも」「もしかしたら笑っているかも」と思うことになるから。
ペンを落とすより前、「そこまでしなくても、話したくないなら、ねえ?」と言ってた面接官がいましたよね。あのとき、あの面接官は横を向いて、自分の同僚に話しかけていましたよね。あれが何を意味するのか、私はわからない。「また失敗したのかな」しかわからない。
受け付けをしないで待っていて、声をかけてきた事務の女性が、笑っていたのか、怒っていたのか、ニュートラル(事務的)だったのか、私にはわからない。
でも、「私はよく人を怒らせる」「私はよく人に笑われる」「内心怒っていても、笑っていても、私には何も直接言わない人がいる」ということだけは、過去の経験から知っているんです。
だから、繭子と似たような立場で現実を生きている私にとっては、「その他おおぜい」の動きは、あれでとてもリアルに見えるんですよ。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
くろむしさんの様な方いて下さる事を知って、
親はホッとしますし、嬉しいです。
これから、ドラマを見て頂いて、疑問に思う事などが
ありましたら、またカキコして下さいネッ!
(管理人様 m(_ _)m すみません)
「自閉症」の人達から得るものは沢山あります。
これからの、くろむしさんの人生に幅が出来
とっても、楽になると思いますよッ。
私も、子どもが小さな時は大変でしたが
今は息子(中1)に会えて本当に良かったと感じています。
その中の一つとして、腹を立てると言う事がなくなりました。
人は一人として同じ人はいません。
”ボーダー・ライン”の人の存在を知って、怒る前に理解しようと
する心が働くようになったのです。
「自閉症児」を育てるのは、それはそれは大変です。
でも彼等は、社会にとってなくてはならない存在なのだと
私は信じています。
くろむしさん、ドラマの事・この掲示板の事を
お友達などに広めて行って下さったら嬉しいです。
どうぞ宜しくお願い致します。
管理人様、ご苦労様です。
ありがとう。
あらら〜、10.000越えてますよ〜 。すっごいペースですね。
内容も濃いですしね。ドラマ関係者もロムしているかな?
そうであることを願ってます。
本当にいい掲示板になってきましたね。
期間限定というのが、ちょっともったいない・・・
両ドラマの第一回の直後に知人の掲示板で書いたんですが、「天使〜」のほうはエキストラの使い方がとてもよいと思いました。輝のやったことに対して周りの反応が一様ではない。実際に僕が息子と町に出たときにも、息子の行動と周囲の反応との齟齬にほほえましさを感じることも多いんですが、それに似た感じがけっこう再現されている。
電車のなかで輝とおどおど会話を交わし、しまいには名刺を渡してしまう不思議なリアクションを見せる人(ここでもちょっと話題になりましたよね)や、輝がビルの屋上でホースから水をまいているときに、下の道路で涼しそうに水を浴びているサラリーマンらしき人などが出てきて、(キャラクターとしては誇張しすぎているし、図式的すぎるという批判はできるんですが)「その他おおぜい」の動きの多様さはけっこうリアルな感じがする。
それにくらべて「君が〜」のほうは、パーティーで「母親の育てかたが悪かったんじゃない?」などとささやく人に象徴されるように、自閉症にとっては「迷惑」としてしか機能しない他者しか存在しないところが残念です。
で、ここのところの「連続体」であらためて考えたんですが、世の中にはいろんな人が存在している。非自閉症の人も、自閉症の人も。そうなると、やっぱり主要な登場人物を二、三人にしぼるというのは、自閉症を描くには適していないんじゃないかと思った。いろんな自閉症の人(自閉症に限らなくてもいい)が出てきて、いろんな事件を同時に起こし、それが組み合わさってドラマが進んでいく、という形のほうが、自閉症みたいに多様な世界を描くには自然じゃないかなとふと思いました。むずかしくはないと思うんです。例としてあげれば、僕はたまに「ER」というドラマを見るんですが、ああいう作り方です。はっきりとした主人公はいなくて、常に誰もが問題を抱え、あるところでは問題が解決され、別のところではずっと問題をひきずっている、誰かさんのハッピーエンドのすぐ後に、誰かさんのアンハッピーエンドがあり、悲劇のすぐ横で喜劇が起こっている、という。
この「複数の登場人物が複数の事件を同時進行的に起こす」という方法をとれば、輝のキャラクター−−「自閉の特徴をつめこみすぎ」と一部で批判された−−を複数の人間にふりわけることができるしね。
嬉しく思います。
実は私も親ですがなかなか理解が出来ませんでした。
多動と書けばそれだけなのですが、背景には『親の言うことを全く理解出来ない子供』・・・。
ここが親にとってかなり辛いです。
何度も繰り返し言って聞かせてもダメなのですから余計に。
娘は言葉が判るようになってもまだ多動は有ります。
ただ言えば戻るようになったり、多動は年齢と共に改善していくことが多いことなど・・・。
その辺りがなかなか実感出来ずにいるとトンネルの真っ暗闇の中という、そこからいつ抜け出せるのか・・・
という状態になりがちです。
とりあえず親の心境だけを書かせて戴きました。
今日昨日・・・の部分は、今日を無視して下さい。
ドラマの中で彼女がほとんど笑わないと今さらながらに気付きました。
(猫を抱いた時などはとてもいい表情をするのだけど)
今日昨日新聞に入っていた週間番組案内で次回の話の中で元医師が『笑う』ことの大切さを
教えるが・・・彼女には理解が出来ない・・・という内容が載っていました。
はじめまして。
みなさんの書きこみを読んで、知らなかったことばかりで申し訳ない気持ちです。
数年前、スーパーで食品にいたずらをしている5、6歳の男の子を
保護したことがあります。ところが
「お母さんは?」と尋ねると「お母さんは?」、
「どこから来たの?」と聞くと「どこから来たの?」、
何を尋ねてもまったくのオウム返しで、困ってしまいました。
交番に連絡し、まもなくその子のお母さんが迎えに来たのですが、
お母さんは「ちょっと目を離しただけなのにいなくなっちゃって。
本当にちょっとなんですよ」と繰り返すばかりで、
その憔悴ぶりが気の毒でした。
「もしかして、あれが自閉症なのかな?」と私が思ったのは、
しばらくしてからです。
「自閉症」という言葉は知っていましたが、現実に接したことが
なかったので、その場ではどうすればいいか、よくわからなかったの
です。
私にちゃんとした知識があれば、その男の子にも適切な接し方が
できただろうし、お母さんに対しても適切な言葉をかけられたと
思うと、悔やまれます。
ドラマだけでなく、みなさんの発言からも、「接し方」を学びたいと
思います。もっともっと教えていただきたいです。
そしてみなさんも、インターネットだけでなく、新聞や雑誌でも、
どんどん発言してください。現実の声を聞かせてください。
削除しました。>りんごさん
これは私では知識不足なところが有るので、気付かれた方は補足をお願いしたいのですが・・・。
先天性ということばかりドラマではクローズアップされていましたがこれはあまり正しくないのでは。
正常発達に見えた後に成長が後退する場合だって多くありますよね。
遺伝の場合で生後まもなくからなんとなく「?」だった場合は先天性なのでしょうが
よく聞く別の素因は予防接種の後の髄膜炎の後遺症、重症の中耳炎症の後遺症、けいれん
(てんかん)の後遺症・・・など。
これらの場合もその子が持っていた『なりやすい素因』と重なってなったということも聞きますが
そうなのでしょうか。
最近のCFGFダイエットの話題では
『腸の消化に問題が有り、毒素を作り出しその毒素から自閉症様の症状を出す』と言われているらしいです。
(それでその毒素の原因となると推測されるカゼイン(C)とグルテン(G)のダイエット(除去)
をするのだとか。
(実際始めてみるとずっと下痢状だった便が数日で固い、つまり普通の便になる人もいるようです。)
アメリカのジョンソン&ジョンソンなどが行った実験結果をあるサイトで読みました。
ねずみを使った実験で立証されているらしいです。
(CFGFダイエットについてはまだ研究中のレベルですが・・・)
娘が自閉症の症状を多く出し、参っていた時期も有りました。
ただ、言えるのは娘のせいじゃないし遺伝という要素が仮に有ったとしても私や主人のせいでもない。
どこかに必ずやってくるものだと、それがたまたまうちに来ただけのことだと私はそう思っています。
↓で、失敗しました。なんでかな? 削除キーも入れてなかったから、削除できなかったんです・・・。すいません。
私は、自分の事を知るまでは、いつも、心の中で、周りの人達に対して、謝っていました。「全部、私が悪いんだ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんない・・・・・・・・・・」
私が変だから、あの人は、怒っているんだ。あの人が、そうするのも、私がこんなんだから・・・。全部、全部、原因は、私にあるんだ。 って事ある度に、謝っていました。心の中で。
>「何かしてもらうばかり」の関係になりたくない、っていうのは、>そんなに純粋な思いやりとか善意とかではないんじゃないか。単に>役に立ちたいっていうだけじゃなく、自分だって人の役に立つこと>もできる存在だってことを証明したいっていう、そんな欲求もまざ>っていたりして。力の証明です。繭子はどうか知らないけれど、私>にはそんな時期がありました。
私にも、そんな時期がありました。
どんなに、感謝しても、好きな人の役に立ちたくても、何もしてあげられない自分が情けなかったです。いつも私は、人に何かをしてもらうだけ?で、切なかった。何をどうしてあげれば、どう言えば、人が喜んでくれる? 分らなかった。出来なかった。ズレてた。
うっ〜〜〜、私(の方)は、何もしてあげられないよぉ〜 って
気分で、ホント悲しかったです。
> 一方で、前時代的な話ですが「血筋」とか「家系」とか言い出して
> 親戚や家族がギクシャクしてしまったという話は珍しくありません。
>
これね・・・ 私が子どものとき、母が二次健診をすっぽかした陰にも、こういう事情があったんじゃないかと私は何となく思ってます。
父方の親戚から、いろいろとプレッシャーかけられてましたしね、母は。父が長男だったので、「頭の良い男の子を、たくさん産んでください」って言われてたのに、生まれたのが女の子(私)だったので、ずいぶん責められたらしいです。
結局、いろいろあって二人めは生まれず、女児の一人っ子が確定したところで、とてもじゃないけど障害児だなんて。
私が大学を中退したことすら、母は父方の親戚には隠してますものね。隠し事を覚えておくのが苦手なものですから、結局、私は父方の親戚とはほとんどつき合いがありません。
私は成人後に自分で受診し、診断されたのですが、両親にはとても言い出せません。理由は他にもありますが、母と父方の親戚との関係が気になって、というのも理由の一つです。
いつまで隠さなければいけないのかなあ、と思うと、何だか頭がぼうっとなってきますが、まああんまり先のことまでは考えずに、目の前の一日一日だけを見て、しのいでいこうと思ってます。この先、また状況は変わるかもしれませんしね(笑)http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
megumiさん
> ドラマに関係ないから、のため息ではなかったのですよ。
分かります。僕の場合、megumiさんの「医者にまかせておけばいい」という発言にちと反発を感じただけです(あまり場を占領するのもまずいと思って337のような駆け足の−−無礼かもしれない−−発言になってしまいました)。ただ
> ドラマを見て「私も繭子と似たところがあるわ」と思った
> 自分も周囲も知らなかった高機能自閉症の人や、
> そのごきょうだい等が、たまたまここにアクセスして、
> 何の心の準備もなしに「遺伝」という言葉を見て
> 過剰な心配をなさったりすることを懸念しました。
これはまったく了解です。そのことにまったく気づかなかった僕がバカでした。申し訳ありませんでした。
この掲示板はとても勉強になるので、以降もよろしくお見知りおきをお願いします。
「ふぅ〜」は余計でしたね。
ドラマに関係ないから、のため息ではなかったのですよ。
先天性の「障害」っていうと、「遺伝」という話になりがちなのは
しかたがないことだし、ここの書き込みをした皆さんは
他意なく「関連があるかどうか」という話をなさったことは
よくわかっています。
一方で、前時代的な話ですが「血筋」とか「家系」とか言い出して
親戚や家族がギクシャクしてしまったという話は珍しくありません。
また、ドラマを見て「私も繭子と似たところがあるわ」と思った
自分も周囲も知らなかった高機能自閉症の人や、
そのごきょうだい等が、たまたまここにアクセスして、
何の心の準備もなしに「遺伝」という言葉を見て
過剰な心配をなさったりすることを懸念しました。
シッポナさんが掲示板を立ち上げた当初に紹介があった本が
こちらでもワード検索で出てくるように書き込んでおきたかったと
いうのもあって……
次からはドラマのことを話します、ということで。
「連続体」という概念は、うまくすれば、Lingkoさんの「私たちが生まれて来ないようにするための研究?」という「選別への危惧」とは反対に、自閉症と非自閉症の間の境界をますます曖昧にすると思う。
あと一つ
遺伝子のことで夫婦喧嘩
するのって、個人的にはとてもアホらしいと思います。
じゃじゃ丸トンネルに、自閉症の疫学的な面に関する論文がたくさん抄録されていた。管理人さんのリンクで見つけました。この場をかりてsipponnaさんにお礼申し上げます。それから、メールで返事をくださったkazraさん、日経サイエンスの記事を教えてくださった万華鏡さんにも。
面接の「ペン」が話題になっていましたけど、私はそんなことよりも、階段の上での会話の中、「私はいつも、何かしてもらうだけ?」の方がずっと引っかかっています。
「いつも、してもらうばかり」厳しくて、冷たい現実です。日ごろから、世話されるばかりの立場が、屈辱なのでしょう。子どものころは、他の子だって家族の世話になっていたから気にならなかったけれど、回りが自立していく年齢ですから。
自分も人の役に立ちたいとか、人を苦しめたくないとか、繭子のそういう発想って、もしかしたら障害とか障害者とかに関わったことのない視聴者は、ただ「心根がやさしい」とか思って、じーーんとするのかもしれないけれど。
自分の存在が人を苦しめる っていうのは、小さいときから、ずっと感じ続けてきたことですしね。
人の気持ちなんかよくわかっちゃいなかった私だって、私がまともじゃないから、私がこんな人間だから、親が苦しんでるんだってことくらいは、知っていました。
「何かしてもらうばかり」の関係になりたくない、っていうのは、そんなに純粋な思いやりとか善意とかではないんじゃないか。単に役に立ちたいっていうだけじゃなく、自分だって人の役に立つこともできる存在だってことを証明したいっていう、そんな欲求もまざっていたりして。力の証明です。繭子はどうか知らないけれど、私にはそんな時期がありました。
普通の視聴者、何と思って見てるのかなあ・・・ ただ「優しい子だねえ」ってウルウルされるんだとしたら、くやしくて、ツライなー。
人と自分を比較する力の弱い私たちであっても、意地がないわけじゃないんですよね。ただまあ、意地を発揮する場面が人とズレていたりはするけれど。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
ドラマとは関係ないですが、4月26日(水)、
NHKのドキュメンタリー「列島スペシャル‘お仕事がんばります’」
で紹介された川崎市の明石徹之さんのお母さま、明石洋子さんを
招いてお話を伺います。
場所は、「かながわ県民センター301会議室」
時間は、 9:30〜10:20 ビデオ上映
10:20〜12:00 お話
横浜やまびこ会の主催ですが、一般の参加も歓迎しています。
詳しくお知りにないたい方は、スージー宛にDM下さい。
> 自閉症発生の原因については、
> 医者に任せておけばいいと思っています。
私は、あんまり研究が進まないといいなと思うことも。「原因」とか「遺伝子」とかの研究が行なわれているって思うと、「そうか、私たちが生まれて来ないようにするための研究?」って思ってしまうし。
でも、見かけの障害が軽いおかげで、しょっちゅう障害を信じてもらえないでいる私としては、「遺伝子のことがわかったら、証拠にできるんだろうか」とも期待してしまいます。信じてもらえないっていうのは、「仮病でしょう」「わがままの言い訳でしょう」と言われているようにつらいので。
> トニー・アトウッド著「ガイドブック アスペルガー症候群 親と専門家のために」には
> 以下引用__________
> もし仮に、親や親族に、子どものころ同じような特徴があったとしたら
> その子どもを助けるのにはとても貴重な、その人ならではの利点があります。
> その人たちは、子どもが経験していることがわかっています。
これはね・・・ 逆も言えるんですよ。
「人間関係の苦手な親」との間で傷ついてきた本人たちが、「親にも悪気はなかったんだ」と気づくのに。自分と同じ性質の少し軽いやつを持ってたせいなんだ、「健常者」だからって万能じゃないんだってね。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
自閉症発生の原因については、
医者に任せておけばいいと思っています。
でも、この掲示板を見た親御さんが
遺伝子のことで夫婦喧嘩をしてもらっても困るので(^_^;)
テンプル・グランディン著「自閉症の才能開発」では、
____以下引用
多くのリサーチャーたちは、
相互作用する遺伝子の集合体が、鬱病や、ディスレキシアや
分裂病や、慢性鬱病や、学習障害のようなさまざまな不全を
起こすのではないかと推論している。____引用終わり
遺伝子の集合体です。
誰かの特定の遺伝子が自閉症を引き起こすわけではなく、
両親の持ち寄ったた〜〜〜〜〜〜くさんの遺伝子の並びが、
たまたま自閉症の特徴を生じる設計図に
「ビンゴ」しただけなのだと、私は考えています。
ローナ・ウイング著「自閉症スペクトル 親と専門家のためのガイドブック」にも、
以下引用__________
家族の遺伝的な特性について知的な問いかけのつもりで話し合うのは
興味ぶかいことですが、非難のための話題にしてはなりません。
____________引用終わり
トニー・アトウッド著「ガイドブック アスペルガー症候群 親と専門家のために」には
以下引用__________
もし仮に、親や親族に、子どものころ同じような特徴があったとしたら
その子どもを助けるのにはとても貴重な、その人ならではの利点があります。
その人たちは、子どもが経験していることがわかっています。
その気持ちを理解でき、自分たちの経験から生まれたアドバイスをあたえたり、
効き目のある対策を教えることもできます。
子どもが孤独感や誤解に悩まされているときには、
自分も同じように感じていたことを説明してあげることもできます。
_______引用終わり
> 人格は脳で決まるということと、薬物治療を薦める本という印象でしたがそれで良かったでしょうか・・・?
そんなにやたらと薬物治療を推進するっていう感じではないんですけどねー。薬をまちがえた場合の危険もきっちり書いてるし・・・
ただ、「薬に頼っては、自力で努力してないことになるから」というだけの理由でがまんするのには反対みたいですね。がまんすることによって悪循環が起きたりする、とか言って。
また、性格は脳で決まるといっても、「だから何でも先天性」ということにはならない、ということもきっちり書いています。外傷体験は脳に痕跡を残すとか、鬱はくり返すうちに道がついてしまうとか、後天的な脳の変化もあるのだそうで。
どちらかというと、自分の脳の特性を良く知って、素質に逆らわない生活スタイルや環境を選びましょう、という印象を受けました。
個人的に参考になったのは、ストレス耐性の話です(笑)。
「自閉症のこだま」という章には、中途半端に理解力のある高機能の人の苦しみが書かれていました。
実際どうすれば良かったのかまではどっちみち分かるようにはならないのに、自分が何か失敗をしたらしいことだけはわかってしまう、という悲しさのことです。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
興味の有る本でした。
読んでみたいと思います。
人格は脳で決まるということと、薬物治療を薦める本という印象でしたがそれで良かったでしょうか・・・?
Lingkoさん、私もその本を読みました。
良い意味での、カルチャー・ショックを受け、
「自閉症」だけでは無く、人間全般の分析・理解
また、ボーダー・ラインの存在を小気味良い切り口で
明快に書かれてあったので、気分がスッキリした事を
記憶しています。
DNAの塩基に、一つの狂いも無い人など、存在し得ない事を
考えてみれば、「自閉症」の人も、他の疾患の人も
皆同じラインに立っているのに、健常だと思っている人達の
なんと傲慢な事(勿論、総ての人が・・ではありませんが)。
以来、私は障害児を育てている事に、誇りすら感じています。
ドラマと関係ありませんでしたね。スミマセン!
> 輝さんと繭子の違いを感じるのは言動じゃなく性質。
> 繭子さんの方が見てて痛さを感じることが多いです。
> 障害ゆえの不器用な面がエピソードにたくさん出ていて。
確かにそうですね。
私が感じるのは、
★輝さんは自分のペースに人を持っていくタイプ。
(おかげで、達郎くんは大変!^^; )
うちの息子はこのタイプ。
★繭子は、周りの反応を気にして、自分を引くタイプ。
(だから、見ていて、切なくて切なくて…。)
繭子の姿、言葉、しぐさ、そして、エピソード一つ一つが
胸に突き刺さるのは、そのせいかもしれません。
> そして、ハサミなど、刃物を渡すのは怖くないんです。どなられたり、なぐられたり、ひったくられたりした記憶が一つもないから。
こう言う課程を聞くと、本当に、回りの配慮がいかに大切かを
改めて感じてしまいます。
まさか、こんなことくらいはわかるだろう、なんて言うのは、
自閉症じゃない人の、かってな推測だと思う。
でも、それに気づくためには、先ずは自閉症を知ってもらわなくちゃ。
ますますこれらのドラマの果たす役割に期待してしまいます。
ところが、そんな私でも、ハサミだけは渡せるんです。
なぜかって? 「柄の方を人に向けて渡すんだよ」と、口で教えてもらったからです。それも、小さいときにたった一度。そのときの場面がきっちりと印象に焼きついているし、たった一度練習したときの手の形も覚えているので。
だって、ハサミを渡すのに相手に柄を向けるっていうのは、健常児だって小さいときは思いつかないですよね。だから、親はわざわざ教える。だからできるんです。
そして、ハサミなど、刃物を渡すのは怖くないんです。どなられたり、なぐられたり、ひったくられたりした記憶が一つもないから。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
私は一応渡せるのですが、そのために支払っている代償がひどいんです。
きちんと教えてもらって渡せるようになったわけでなく、「当然できるはずなのに」という前提の元に、母からも父からも歴代の担任の先生からも同級生からも「わざとじらしている」と思われて、どなられ、なじられ、ひったくられることで覚えてきたものなので。
だから、渡さなければならないという状況だけで、すくんでしまうのですよ。
渡さなければいけないことはわかるようになった代わりに、今度は怖くて動けなくなったので、やっぱり渡せないことに代わりないじゃないー(笑)
いや、渡せないでは困るので、勢いをつけるため、口の中の粘膜を噛みちぎるという自傷をしたりもします。これでちゃんと渡せるんだから、安いものです。それに、口の中だったら、外から見えませんしね。
それと、「何か渡さなければいけないのか?」と思って、常に見張ることにばかり気を取られていて、会話が聞けない。自分の思っていることが言えない。パーティーであれば、飲みものを断れずにどんどん注がれてしまう。仕事の相談であれば、ムリな仕事を引き受けてしまう。
「渡せる」代わりに、その分ほかのことができない。
単に、渡せるようになったから一丁上がり、じゃないんです。
名刺を渡せたって、世間ではほめられません。渡せて初めてゼロ、っていうか、人並みなんです。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
輝さんと繭子の違いを感じるのは言動じゃなく性質。
繭子さんの方が見てて痛さを感じることが多いです。
障害ゆえの不器用な面がエピソードにたくさん出ていて。
ドラマを見てくれている人から「どうしてこうなったの?」とメールを戴き説明するのですが
一般の視聴者の方には解ってもらえているのかどうか。
REIKOさんが言われる通り練習で獲得出来る事も多いと思います。
「察する」ことが出来にくくてもある程度練習しておくことで
応用も可能になるのでは。
はさみを受け取らずにいたREIKOさんに気付いて持ち替える息子さんは
明らかに「察して」いますものね・・・。
「どうしよう・・・」と動揺していた繭子の表情が忘れられません。
いいんじゃないでしょうか。
ご本人の方も色々書いて下さっていますし、理解のいい場所になるのではと思います。
この掲示板のTopのページの内容もこの辺りのことを含めて少し変えたいと思っていました。
最近ここのアドレスを両テレビ局の意見欄に書き込みましたので
出来ればあまり逸れまくらないように・・と思います。
早期療育に関しては、自治体によって差が激しく、早期に発見出来ても療育のノウハウを持ってない所
が有ります。「ゆうぎ教室」の類ですが、集団で動く事が出来ない子にとって
療育は個別指導でなければ意味は無いのではと思っています。
その結果ある程度適応が良くなれば集団でももちろんいいのですが・・・。
(というより逆に今度は集団に対して適応する訓練を少しづつしていかなければならなくなる・・・)
この辺りの事、解っているのかなぁ・・・?と思わざるを得ないようなまだまだ未発展の自治体、たくさん有るのでは・・?
初めは全然人の言う事など聞かないし、好き勝手にしていた娘が療育という形で
人らしくなってきました。まだ好き勝手はたくさん有るけれど。
早期発見早期療育が確実にこういう傾向の有るお子さんに施されることを本当に願っています。
「君が教えてくれたこと(1回目)」の瞬間最長高視聴率が
20.5%だと今「王様のブランチ」でやってました。
シーンは、パーティーの席でパニックになる所。
自閉症とは全然関係ないけど、「天使」の2回目で輝さんが捨てられそうになったところ、近所の鶴見線沿線でした。
あの黄色い電車は、毎日毎日見に行かされたんで、すぐわかった。
ホームが海になったところは、海芝浦駅ね。
光一くんが殴られているところは、川崎チッタ前だったし。
地元でやってる分、なんかうれしいような、身につまされるような複雑な気分。
もう一つ、遺伝の話が出たので。
夫の弟が「高機能」です。診断を受けたことはないけど、子供の頃の話を聞くと多分そうだと思います。そろばんが得意で短大も出ました。
今は親の知り合いの製本工場で黙々と働いて、普通のお給料をもらっています。で、夫のおじいさんの弟が超変わり者の医者で、大昔にアメリカに渡り画家になったそうです。日本語をローマ字にする会とかもやってたらしい。
ちなみに私の父親も理系の技術者です。人付き合いが嫌いです。
そんな家系で、うちの息子がぜーんぶもらったのかな。
「君が〜」の繭子の「ペン」。
「君が〜」の「名刺」の件。
「天使が〜」の輝さんの「ブローチ」。
母は思わず、息子で試してしまいました。
まずソファに座っている息子の前にコロコロとペンを落としてみた。
(繭子と同じシチュエーション)
そして、「悪いけど、ペンを拾ってください。」と言うと、
彼はしごく自然な動きでペンを拾い、こちらが手を出してもいない
のに、私にペンを差し出して手渡してくれた。
次に、学校の先生から来ていた絵葉書を渡し、「○○先生から
ノブにはがきがきたよ。」と見せ、そのあと、何も言わず、
すっと手を出してみた。
このときもごく自然に、彼はその手の上に、絵葉書を乗せて返してくれた。
ブローチは、今度彼が何か興味を示したものの時に試してみよう。
こんな息子の様子を見ていて、これは彼の中の「察する」という
気持ちのあらわれなのか、それとも、今までの中の学習の成果なのか、
はて、どちらだろう、と思いました。
また、息子には小さい頃から、「人にハサミやナイフなどの刃物を
渡すときは、柄のほうを相手側にして渡すように。」と教えていました。
たまに、ハサミの刃のほうをこちらに向けて、渡そうとするとき、
それを私が無言で受け取らず、じっと待っていると、ハッと
気づいたように、持ち替えて渡してくれます。
これは、明らかに学習の成果。
輝さんの中にある、一種の柔軟さは、輝さんのもともとの特性でも
あると思いますが、18歳の工場住み込みをするまでの間、母親が
どれだけがんばって育てていたのかが、見えてくる気がします。
基本的に、あの母は許せないけど、責める気にならないのは、輝さんのなかに、小さい頃からの「母親のがんばり」が見えるからかも
しれません。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.niji.or.jp/home/xicczt/
はじめまして。
番組に関係ない話は・・・と言うことでずっとROMさせていただいていました。
長男と長女が自閉症との診断を受け、3歳と1歳半頃より療育を受け、その後保育所、幼稚園に通いました。現在、長男は自閉症残遺型と言われ、普通学級に通っています。
長女の方は典型的な自閉症の行動パターンをいくつか示していましたが、最近はかなりコミュニケーションも取れるようになり「なかよし学級」に通いはじめました。
長男の行動を見ていると私の子供の頃にそっくりで、私の中の自閉的な部分を強調したような感じがしています。私自身人と交わるのが苦手なので、自閉的傾向が遺伝すると言う感じはしています。
それと、ごく幼い頃から療育を受けることが出来た事は非常にラッキーだったと思います。番組を通じて早期療育の有効性をアピールしてくれたらと思います。
繭子がボールペンをひろったまま立ちすくんで、困り果ててる姿が
どーーも自分と重なってうろたえました。
しょっちゅうそんな感じですよ。
人の言葉と言いたい事が重ならなくて、「?????」だったりし
てね。
娘の幼稚園時代の母親達は、私がボケな人である事をよーく知って
いらっしゃるようで「参観日の受付表、チェックしてないでしょ」
とか教えてくれます。(いい人だね)
でも勤めてた時は、相手の言葉の隠れた意味が解らなくて、「ちょ
っと、○○やってないでしょ!さぼらないでちょうだい」なーんて
言われてました。私は「?」のままでしたけど。
そのまま「やっといてね」で去られたら、「何をするんですかー」
って追いかけて大いに呆れられて「仕事やめちまえ」って言われま
したね。はい。
これでも健常者らしいんですけど。
やっぱり自閉と非自閉の境目って判りづらいですねー。
娘とは明らかに違う部分があるんで、自分は健常者だと思うんです
けどね。(でも自閉じゃないだけかもしれないけど)
こんな例もあるんで、ドラマ観てる人が逆に不器用な健常者を捕まえて「自閉症だろう」なんて事あったら困りものですね。
伝わらないじゃなくて、色眼鏡が育ったら困りますね。
まあ、ボケの人は悪気がある訳じゃないんで、逆に助かるかもしれ
ないけど。←差別さえされなければですけど