autismドラマに関するBBS 過去ログ(2000年4月13日分〜4月21日分)
[319] Re[318]福田さんへ 投稿者:万華鏡 投稿日:2000/04/21(Fri) 23:17
はじめまして。ここは最初からずっと読ませて頂いています。
長男が重度の典型的な自閉症で、次男にはアスペルガーの疑いをかけられているそんな二人の親です。
>さらにもう1つ「自閉症には、遺伝的な要素がどれくらい関係するのか」というのも知りたい
日経サイエンスの5月号に自閉症の記事がありまして、遺伝的な要素のことがかなり詳しく書かれています。私には難しくて、よく理解出来ていないのですけど・・・。
読んだ感想としては、これを書いた専門家の方は連続体という考えはしていないような気がしました。
私自身は、専門的なことはよく分かりません。
ただ、長男と次男はまったく別の人格って感じはしています。
両方とも自閉だなんて言われると、私自身が戸惑うばかりです。
重度も軽度も高機能もアスペルガーもみんな自閉だなんて言ったら、私だって分からないぐらいですから、テレビを観ている一般の方にはほとんど何も伝わらないんじゃないか、なんてどうしても思ってしまいます。
[318] Re[312]: 自閉症から非自閉症までは連続体か 投稿者:福田 投稿日:2000/04/21(Fri) 21:30
> ジョン・レイティ、キャスリン・ジョンソン共著、山下篤子訳、「シャドー・シンドローム」(河出書房新社)の中の、「自閉症のこだま」という章
Lingkoさん、ありがとうございます。読んでみます。
「自閉症から非自閉症(NT)までのグラデーションはつながっているのかいないのか」という問題が僕の中でずっと疑問だったんです(さらにもう1つ「自閉症には、遺伝的な要素がどれくらい関係するのか」というのも知りたい)。
[317] 見にくくてすいません 投稿者:「けやき」の管理人 投稿日:2000/04/21(Fri) 21:29
TBSで放映中の「君が教えてくれたこと」に対する
意見・感想が以下のサイトから投稿できます。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/voice.html
また、今までの「投稿」は以下の各サイトで読めます。
URLは 2000/04/21 のもの。ただし今後変更の可能性あり。
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read1.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read2.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read3.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read4.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read5.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read6.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read7.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read8.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read9.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read10.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read11.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read12.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read13.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read14.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read15.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read16.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read17.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read18.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read19.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read20.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read21.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read22.html
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http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read26.html
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http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read28.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read29.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read30.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read31.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read32.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read33.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read34.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read35.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read36.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read37.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read38.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read39.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read40.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read41.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read42.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read43.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read44.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read45.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read46.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read47.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read48.html
http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/read/read49.htmlhttp://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.nhk.or.jp/nhkvnet/youyou/
[316] Re[315][292]: テロップがなくなった訳への反論 投稿者:カンガー 投稿日:2000/04/21(Fri) 15:58
> みんなに知って貰う為にも、番組スタッフの表現したテロップは必要かと思います。
そう思われる方もいらっしゃるでしょう。
しかし私は、「自閉症は精神病ではありません」という表現については「どうかな?」と思います。
「精神病患者への差別、偏見がある」というたくさんの抗議がテレビ局にあったことからも、問題のある表現だと思っています。
でも、テロップは必要だと思います。
もっと、精神病という言葉を用いなくても、自閉症の事をわかってもらえる方法はあると思い書き込みをしましたが、どうでしょうか?
> こう言う子ども達が少しでも世間に認知されればと願っています。
同感です。
家の子も高機能自閉症です。
もちろんそのように願っています。
[315] Re[292]: テロップがなくなった訳への反論 投稿者:谷地中 武 投稿日:2000/04/21(Fri) 14:00
> 朝日新聞の夕刊みましたか?
>
> 「自閉症」字幕抗議受け削除
>
> というものです。
>
> 「精神病患者への差別、偏見がある」という抗議があったために、2回目からこの表現を外す対応をした。
> 「自閉症の方に配慮したつもりだったが、精神病の方に不愉快な思いをさせてしまった」と広報部では話しているそうです。
>
> やっぱりだね。
> 当然の抗議よねという感じです。
>
> もっと違う表現で自閉症の方に配慮してほしいものです。
《と言う自閉症の人をあたかも擁護するような表現の投書に反論有り》
私は、小5の「高機能自閉症」の子を持つ親です。
確かに、私も『自閉症』と言う言葉には今まで抵抗が有り、人に知られたくないと思っていました。
しかし、周りの健常者に認知されなく弊害が出ている現状であれば、
みんなに知って貰う為にも、番組スタッフの表現したテロップは必要かと思います。
同じ小学校のクラスの子も、我が子を『いじめ』る事もなく、サポートして貰っています。
ましてこのドラマは専門の先生達が監修されたと聞いています。
こう言う子ども達が少しでも世間に認知されればと願っています。
[314] Re[297]: 感情がわからない・・・ 投稿者:如月 投稿日:2000/04/21(Fri) 13:53
> 『君が〜』の第2回を見て、素朴な疑問です。
>
> 「うれしい」と「かなしい」が判らない。
> 「かなしいがわからないときっとうれしいもわからない」と繭子が言っていました。
繭子さんのような人がうれしいと悲しいがわからない可能性はあると思います。自分の記憶をたどってみると、もう30年くらい前の小学校の3年生ぐらいのころに絵の学校に行かされていたことがありました。それはとってもいやだったのでなんかの用事で行かなくても済めばいいなあと、いつも思っていたのをはっきりと覚えています。よく言われる写真のように覚えているというような記憶で、他の人の記憶もそんなものだとつい最近までは思っていました。その記憶は情景が主なもので、自分が何を考えていたかという感情的なものはあまり含みません。ですから感情面に対しては若干の今ある知識からの解釈が入り込む可能性はあります。ただ幾つかの他の同じような場面との整合性を考えると、あの時あなたは何を考えていたのですかと、ある程度の正確さで推測はできます。もしもあの時誰かが絵の学校に行きたくないのかと聞いたとしても、私はわからないとしか答えられなかったでしょう。行きたいかと聞かれればきっと言葉ではなく首を振って否定したかもしれませんが、行きたくないとは間違いなく言わなかったし、態度でもあらわせなかったでしょう。体のほうはとても嫌がっていて、ちょうど輝さんがたっちゃんの孤児院の時の女友達が来た時にそそくさと逃げたような感じでとにかく逃げたがるのですが、言葉にしてその状態を行きたくないと表現することはできません。やはり今の自分の状態を、嫌だという言葉で表すことはできなくて、強いていえばわからないという表現にするしかなかったと思います。だからその頃には私もうれしいとか悲しいはわからなかったと思います。私は普通に学校に行っていましたが、どちらかというと何もものを言わない手のかからな過ぎる子供でした。絵の学校に行かされる羽目になったのは、学校の図工の時間に絵を画かなくなったからで作文も書かなくなりました。おそらくその頃に他の人との違いに気がついて、そういうことをするとその違いに気づかれてしまうと体のほうが感じたのではないかと思います。子供の頃の精神面は絵を画かなくなったというような、客観的な事実から推測するしか方法はありません。記憶は今でもしっかりとしているのである程度のことならば、このようにして推測することができます。その後中学ぐらいになるとうれしいと悲しいぐらいはわかるようになったかと思いますが、それを確認できるような適当な記憶がないので何とも言えません。花をきれいだと思っていなかったことは、それにぴったりのエピソードがあるので断言できます。あの当時、葉と花の区別はしていなかったようでした。
絵や作文を書かない状態はその後25年ぐらい続きました。自閉症とかアスペルガー症候群のことを知ってから、ああこれなのかなと思いかなりの苦労の果てに文章が書けるようになりました。何も言わない何も書かないという状態に入ってしまった人の内面は当たり前のことながら知るすべがありません。何の事はないこのような事を書いていても、実は口の中が乾いてきてかなりの精神的な緊張状態になってしまいます。口に出すのはさらに困難なので、よくいわれるように話すよりは書くほうが楽だというのは当てはまります。そんなしんどいことをなぜわざわざするのかと我ながら呆れてしまいますが、まあそんな人がいてそんな感じ方をしているのだと存在の認識をしてもらえれば、脈拍が倍ぐらいに上がってしまって一日ぐらいは元に戻らなくても、まあいいか毎度のことだからと思っています。
[313] Re[306]: 利用・悪用(『天使が〜』) 投稿者:KO 投稿日:2000/04/21(Fri) 12:37
> 母親を詰問する京子が
> 「でも、輝さんはあなたと暮らしたいと言っていましたよ」で、
> ぶっ飛びました。
>
> 自閉症の人を知らない人は輝はお母さんと暮らしたいと思って
> そう言ったと思っただろうなぁ。
私は自閉症人は知りませんが、輝がお母さんと暮らしたいと思って言ったとは,感じませんでした・・。
というか、京子もタマキも輝が言った・・と決め付けていいの?と
思いました。その辺の微妙な表現の仕方って難しいのですね。
[312] 連続体 投稿者:Lingko 投稿日:2000/04/21(Fri) 11:21
福田さん、質問されているkazraさんではないのに、横入りしてすみません。
ジョン・レイティ、キャスリン・ジョンソン共著、山下篤子訳、「シャドー・シンドローム」(河出書房新社)の中の、「自閉症のこだま」という章をおすすめします。
キャスリン・ジョンソンは、境界線上の子どもさんのお母さんです。http://web.archive.org/web/20011006195054/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
[311] Re[302]: 登場する心理士や医師について 投稿者:福田 投稿日:2000/04/21(Fri) 11:18
kazraさん。はじめまして、福田と申します。自閉症児の父親です。
基本的なことを聞いてすいません。
> 自閉症は正常との連続体の障害
そのような報告が実際になされているんですか?
いや経験的には納得できるし、そう書いてあるものがないかと探してきたんですが、今まで「その点については不明である」という結論のものしか読んだことがありません。論文タイトルまたは書名などを教えていただければ幸いです。
[310] 今 投稿者:megumi 投稿日:2000/04/21(Fri) 11:10
高機能自閉症の女性が書いた自伝を読んでいます。
帯に”高機能自閉症”は、TBSドラマ
「君が教えてくれたこと」で話題沸騰!
と書いてあります。
まだ、半分しか読み進めていませんが興奮しています。
独特の感覚の混乱や過敏。
自閉症の人がから見たこの世の中のことを
ものすごいエネルギーで精細に描写してあります。
偏食のことや母子分離のことも。凄い記憶力で、克明に。
この著者グニラ・ガーランドは高機能自閉症だけれど
この感覚は多分自閉症の人には共通のものではないかと思います。
HPは http://web.archive.org/web/20011006195054/http://www.kafusha.com/Shinkan/index.html
[309] なぜだろう・・・ 投稿者:REIKO 投稿日:2000/04/21(Fri) 10:47
「君が教えてくれたこと」の繭子を見ていると、切なくて
泣いてしまいます。
「天使が消えた街」の輝さんのほうが息子に近いから、
より感情移入して、切ないかと思っていたのに。
「君が〜」の作りがとてもていねいで、繭子のとまどいや
不安などが、とても自然に伝わってきます。
もっと知りたい、もっとわかりたい。私たちの方が、
「察する」という文化を持っているのだとしたら、
それを活かして、もっともっと関わりあいたい。
そんな気がして、また切なくて、泣いてしまいます。
[308] 告知のこと 投稿者:カンガー 投稿日:2000/04/21(Fri) 10:43
繭子が、パソコンにむかって自閉症関係のHPをみながら、弟に話し掛けたシーン、
繭子は「もっと早く知っていれば良かった」といいましたね。
トレーニングをして、社会に適応したいと彼女は望んでいるようですね。
自分の障害を知ってから、繭子は意外にもかえって落ち着いてきたという母親の話もありましたし、
自分だけが人と違うことを不安に思って生活するより、知っていた方がいいのかなと、思いました。
どうなんでしょうか?
自分の子供に対する告知について考えさせられました。
T.グランディンさんの講演会で私が告知の事を質問した時、
彼女は「私は7歳で自分が人と違うことに気がつきました。家族にそのことを相談しても、家族は何も教えてくれなかった。貴女のお子さんはまだ小さくて何もわかっていないでしょう。でもいつかお子さんにそのことを相談された時は、是非真実を教えてあげてください」と答えてくださいました。
家の子がいつ、自分と人との違いに気がつくのかわからないけど、親もいろいろ考えておかなくてはと、ドラマを見てつくづく思いました。
あと、元医師が「わかってくれよ」といって、
繭子が「だから、わかりたいっていっているのに」というシーンがありましたね。
とても、辛かったです。
[307] 制作者の意図と視聴者(『君が〜』) 投稿者:megumi 投稿日:2000/04/21(Fri) 10:34
転がってきたペンを拾って立ちすくむシーンは
胸に迫りました。
その後繭子は迷子になるのですが、
家族も関係者も、面接でうまく行かなかったからだと
思っているでしょうね。
もちろんそのストレスも大きかったでしょうが
彼女を混乱させたのは矢口リナの
「あなたといると医者だったときのことを思いだして辛いのよ」
という言葉。
親切口調の影にある強烈な悪意には気が付かずに、
思い切り自分を責めてしまう。
「普通の人になりたい。そしたら先生を辛くさせないですむから」だなんて。(T_T)
でも、TV雑誌には
慎一が医者だったことを知って、
治療目的で近づいてきたと誤解した繭子はショックを受ける、
と言うような説明があったような……
視聴者にはきちんと伝わっているのかしら。
繭子と慎一、二人のシーンにこめられた意味は。
恋の芽生えとか思ってたらこれまたぶっ飛ぶよ〜〜。
繭子に一番理解を示さない父親洋平が
クラゲを飼っているのが暗示的。
実は弟や母親より繭子の感覚がわかる人だったりして。
[306] 利用・悪用(『天使が〜』) 投稿者:megumi 投稿日:2000/04/21(Fri) 10:33
輝の母親に京子(心理カウンセラー)が
「あなたは輝さんからラジオを取り上げれば、パニックになることを
知っていて、わざとやったでしょう」と詰問しました。
15年前、つまり20才になるまで輝の身辺自立の獲得を
援助してきた人が、それを知らないはずはないというのは
アタリでしょう。
その前に、達郎が輝に
「お袋と暮らしたいよな」と言って
輝が「お袋と暮らしたいです」といいます。
(エコラリアでしょうが、それなら、語尾まで同じにしないと。。。)
そのすぐ後にタマキが
「たっちゃんと暮らしたいよね」と言って
輝が「たっちゃんと暮らしたいです」というのも同様。
ま、とにかく、
それぞれが自分の言わせたいことをエコラリアを利用して
輝に「言わせた」場面だと私は思ったのですが、
母親を詰問する京子が
「でも、輝さんはあなたと暮らしたいと言っていましたよ」で、
ぶっ飛びました。
自閉症の人を知らない人は輝はお母さんと暮らしたいと思って
そう言ったと思っただろうなぁ。
母親とチューリップの記憶は輝にとって心地よいものであっても
母親と暮らしたいと思っているわけではないと思うけど。
特にあのお屋敷では。
うれしいという気持ち、家の子はわかっていると思うのだけれど。
すっごくうれしそうにしていることがよくあって、「うれしい」って口にするし。
まだ、4歳ですから、親を喜ばせるためにつくり笑顔のできる年令でもないし、そんな能力ないことは良くわかっています。
そこまで気を使うことなんて、まだ、できないし。
人とはもしかして違う感情かもしれないけど、『彼女なり』の「うれしい」「楽しい」「辛い」はよく口にするので、獲得できていると思います。
そういえば、「悲しい」と「おこっている」はまだ自分の感情を説明する言葉として使いません。
私が泣いていても、それに対して思いやりのある行動はとれますし、それによって彼女の気持ちも揺れることがあります。
でも私が悲しくて泣いているのか、うれしくて泣いているのかなどは、まったくわからないようです。
怒りの感情も、私が怒れば、「ごめんなさい」とあやまりますが、どこまで、「怒る」という感情がわかっているのかは、疑問です。
知能テストの類いで、「怒っている」人の顔と、「笑っている」人の顔と、「泣いている」人の顔のカードを見せられて、『この人はどうしているでしょう?』ときかれ、家の子は怒っている人のカードを指差して「喧嘩をしている」と答えて不正解になりました。
あとの2つはできたけど。
「嫌い」は食べ物とか物とか場所に対して使うだけで、人間に対しては使っていませんね。
まだ、人に対する「嫌い」という自分の感情がよくわからないのだと思います。
でも、「好き」は人に対する感情として良くわかっていると思います。
「感情」は目に見えないから、教えるのは難しいですね。
タイトルの内容について、娘に「解る?」って単刀直入に聞いて
みました。
娘は「嬉しい」「うん。解る」とニコニコ。「楽しい」はゲラゲラ
笑って「解る〜!!」でした。
「悲しいは?」「解んない」です。
「嫌いは?」「○○ちゃん嫌い!イジワルだから〜!!!」でした。(○○ちゃんは、さくらがトイレに入った時に、戸を閉めさせず
に覗き込んでた自閉症の女の子です)
小学校1年生、理解の範囲はこんな所だそうです。
私は36歳の「本人」ですが。
実はあのペンが転がってきたシーンのために、昨夜はさんざん泣きました。あんな場面に何度も遭遇してきたからです。今でもチームワークで仕事をするときは「何をしていいのか」、混乱することがよくあります。
私は、最初にいた職場でさんざん周りから「あなたは学校の成績はいいかも知れないけど、肝心なことがちっとも分かっていない」と言われました。健常者流に言えば「気が利かない」「気が回らない」と
言うんでしょうか?今では自分が「気が利かない」ことをよく認識しているので、一生懸命「気を利かせよう」としています。でもトンチンカンなことが多いらしいのですが。
その最初の職場であったエピソードの一つ・・・りんごとナイフを目の前に置かれたのです。笑われるかも知れませんが、私にはそのことが何を意味するのか、分かりませんでした。
今では、ペンが転がって来たら、「そのペンを拾って持ち主に渡す」ことは私の中に行動ルールとしてあるのですが、他のことには応用できません。
私は一応自閉症の人にかかわる心理士です。フミヤの登場する方、最初か最後のスタッフなどの字幕が流れるシーンのバックで、登場する心理士が明らかにロールシャッハテストの図版を持って座っているシーンがありますが、これはいただけません。図版が多少変えてあるにせよ心理検査の用具をこのような形で一般の目に入れるのは、わずかなシーンで実際の検査に影響はないにしてもあまり良くないことです。
また、自閉症がロールシャッハテストでわかるとか、治るとかいった大きな誤解を与えかねません。自閉症の国際的な診断基準には3つの行動の特徴があげられていますが、その中にはイマジネーションの障害が盛り込まれており(言葉の発達が遅いのにジェスチャー等が育たない、あるいは見立て遊びが欠如し常同的な反復的な遊びしか見られないなど)、高機能な人でもインクのシミのような漠然としたものに、何かの複合的な意味を与える(見立てる、あるいは投影する)ということは非常に苦手なのです。今でも、専門誌に時々自閉症の人にロールシャッハテストを試みたような論文がまことしやかに載りますがちょっと疑問です。彼らは、イマジネーションの障害はありますが反対に具体的な視覚的な記憶には優れています。多くの高機能自閉症者の書く著作を読むとそのことがよくわかります。
ですから、自閉症の人にインクのシミを見せて「これが何に見えるかいって下さい?」と訪ねて「インクのシミ」と答えてもこれは非常にまともな自閉症の人なのであって、それをおかしいと見立てる方がおかしいのです。このような文字通りの理解(字義的理解)は、ともさかりえさんの演じる繭子さんもよくしますね(就職試験でペンを拾って下さいといわれて正直に拾っただけだったり)。
登場する医師にも、自閉症は情報処理の機能障害でコミュニケーションをその人のはっきり意味の分かる形で補うことが治療的な教育になるんだとか、自閉症は正常との連続体の障害だなんて語ってもらいたいですね。
私は一応心理士です。かなり自閉症の人を見てきました。今でも自閉症の人を子どもに持つご家族とおつきあいがあります。
さて、フミヤの登場する方、タイトルに心理士がロールシャッハテストの図版と明らかにわかるものを持って座っているシーンが登場します。心理士の立場としても、実際の検査で使用するテストなどはドラマなどの形で一般的に公開しないという倫理規定のようなものがあり、ごく小さな画像なので実際の検査に影響があるとは言い難いもののこれはあまり感心できません。また、一般的なカウンセラーがあのような形で障害を持った人にかかわることは非常にまれです。我々からすればお芝居臭くて距離がとれますが。
ロールシャッハテストが登場したことで思うのですが、(ドラマで実施しているわけではないので直接に関係はないが)自閉症の人にロールシャッハテストをすること自体私はナンセンスだと思います。心理士の中には試みている人もいるようで専門誌にもそのような論文がまことしやかに載ったりしますが、国際的な自閉症の3つの診断基準の中にはイマジネーションの障害が盛り込まれています。ともさかりえさんの演じる、高機能な(知的な障害のない)自閉症の人でさえ、我々が一般的に持つような複合的なイメージを浮かべるというより、実際の視覚的記憶を呼び起こす事が多く(これは、多くの高機能自閉症者の著作に書かれています。)インクのシミのような漠然としたものに、何か意味のある複合的なイメージを与えることは難しいのです。
インクのシミを見せて、高機能な自閉症の人に「これは何に見えますか」とたずねて「インクのシミです」と答えても全く不思議では無いのです。このような反応を自閉症でない人がすれば「相当おかしい人」になりますが、繭子さんが面接試験で「ペンを拾って下さい」と言われてただ拾っただけと、いう行動と同じで「文字通りの理解」(字義的理解)は自閉症の人のもののわかり方は彼らにすれば至極当然なのです。
そのような理解をする人たちは少数派ですから、我々の方からそのようなもののわかり方に歩み寄る事をするべきじゃないかなどと考えている毎日です。
登場する医師も、ドラマの中で自閉症というのは、情報のインプットとその処理、アウトプットに障害がある情報処理の障害で、3つの診断基準で見立てること。正常から典型的自閉症までの連続体の障害であるということをもっと明確に語らないと、一般の人にはかなり誤解を与えるような気がしますが。
> 家の息子は、自分の感情を客観的に見ることができない気がします
> なんだか、もやもやしてるとか、いやだとかというのはわかるけど、細かい感情
> 例えば、淋しい、悲しい、焼きもちとか・・・・はわからない気がします
自分自身が「うれしい」とか「かなしい」といったことは結構よくわかって、言葉との一致とか使用に困難がない人は多いと思います。(どちらかというと、過剰ぐらいでしょうか?)
でも、他人に対して何らかの感情を抱いているのに、自分の抱いている感情について、ハッキリ自覚できていないことってよくあります。何となくイライラしているけれど、その正体がわからない。で、わかった瞬間にバクハツ!って、よくあるパターンです。
> 自分の感情がはっきりわからないので、相手の感情がわからないんでしょう
でも、相手の感情がわからないことについては、自分の感情がわからない為だけではないように思います。
もともと持ち合わせている「感情」の種類が限られていて、それぞれの「感情」が生じる対象も独特で一般的ではないので、自分に無いから全然わからないのだと思います。
自分の実感と関係なく、先に用語を覚えたのですが、初めて見た(聞いた)用語の用例に縛られてしまい、そこから離れられなくなりましたね。「悲しい」は、お妃様が死んだとき。「うれしい」はひな祭り。等々。
それと、「嬉しい」「悲しい」などは一単語の用語がありますが、「歯の浮くような」とか「居たたまれない」とか「身の置きどころのない」とか「宙ぶらりんな」とか、普通はもっと高度と思われる用語がありますよね。そういう感覚の方に、かえって強烈なものがありました。当然、そんな凝った表現は知らないので、表す用語がなくて。
「基本的な」と呼ばれる感情の種類が、違うのかもしれません。
「期待はずれ」「予定変更の気分」「期待が高まりすぎて却って苦しい」「わけのわからないことでほめられた感じ」「できそうでできない気分」「何か間違ったような気がするが特定できない」
こういう感覚は、早くから、かなりはっきり感じていました。でも、こういう感覚は、普通は一語では表されませんよね・・・ こちらの方が、私には基本的な感覚なのに。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
家の息子は、自分の感情を客観的に見ることができない気がします
なんだか、もやもやしてるとか、いやだとかというのはわかるけど、細かい感情
例えば、淋しい、悲しい、焼きもちとか・・・・はわからない気がします
自分の感情がはっきりわからないので、相手の感情がわからないんでしょう
3月からクラスが変るということで、うちの子供は指しゃぶりが始まったりで大変です
先生が変るということで、別れが悲しかったり、淋しかったり
不安があったりなんでしょうが、きっと本人の心はなんだかいやだということしかわからないのかもしれません
感情を教えることが必要なんだなと思っています
sipponaさんいつもおじゃましています
みなさんはどう思いますが?
ドラマの方では、ボールペンが転がって来た時、やめてでした私は・・・
『君が〜』の第2回を見て、素朴な疑問です。
「うれしい」と「かなしい」が判らない。
「かなしいがわからないときっとうれしいもわからない」と繭子が言っていました。
自閉性障害の中で繭子さんくらい話せて能力を持っている人でも感情の中では基本的だと思われる
「うれしい」「かなしい」が判らないということが有るのでしょうか。
T.グランディンさんの本に『山がきれい・・・でも私には何の感情もわかないのです・・』という
くだりが有りましたが・・・。
確かに娘見てると、自分の感情には敏感すぎる位敏感だけど、人の感情はほとんど
見えてないと思います。
もしこのうれしい、かなしいも判らないのなら、もっと複雑なこの世はどれだけ
生きにくいことか。
彼女は「うれしい」「かなしい」を獲得する事が出来るのでしょうか・・・・。
> 朝日新聞の夕刊みましたか?
>
> 「自閉症」字幕抗議受け削除
>
> というものです。
関西地区の夕刊には見当たらないです。
なんか以前もこういうことありましたね。カンガーさん。
> 当然の抗議よねという感じです。
私も気になっていました。
>
> もっと違う表現で自閉症の方に配慮してほしいものです。
同感です。
昔私の友達に、家に来た押し売りを絶対に
追い返さないで何か買ってしまうお母さんのこどもがいました。
そういうお家のおとうさんかもしれません。
よく外国の青年がふたりづれで、宗教の活動をしていますが
あの人たちも家にいれて、ご飯をごちそうして、
一緒に歌を歌ったりしたそうです。
でも、別に、勧誘にのるわけでは、ないのだそうですが、
ちょっと、そんな話をおもいだしました
> これはね、下から順番にとめたらいいんですよ!
うちの息子、このやり方で、一番上まで「キチン」と止めます。^^;
家に帰ってきて、自分の部屋で作業服から私服に着替えて降りてくる
んだけど、けっこうバランスのとれた格好、してくるよ。
色合いとかも、なかなか考えているように思う。(^^ゞ
だから、輝さんの服装に、違和感はないなぁ。
息子がJRで帰ってきていた学生時代、迎えに駅まで行くと、
養護学校の子供たちの服装の「きちっと」しているのには
いつも感心させられていました。
一般の高校生の方が、だらしないぞ!
> ちなみに、私の夫(健常・39歳・男性)は、
> 後ろ前もボタンちぐはぐもシャツはみだしも大得意です。
> ときどき、チャック全開で電車に乗って帰ってきます・・・
あははははははっはははは。
ゴメン、めいっぱい笑ってしまった。(^。^)
> それでも通用しているのは、人当たりもよく常識的で仕事もできるからなんですね。
「普通」の域を広げたいね。ホント。
裏番組が、けっこう強烈だ。^^;(アナザヘブン)
視聴率がちょっと心配…。
個人的には、大沢たかお、好きだけど。(^^ゞ
朝日新聞の夕刊みましたか?
「自閉症」字幕抗議受け削除
というものです。
「精神病患者への差別、偏見がある」という抗議があったために、2回目からこの表現を外す対応をした。
「自閉症の方に配慮したつもりだったが、精神病の方に不愉快な思いをさせてしまった」と広報部では話しているそうです。
やっぱりだね。
当然の抗議よねという感じです。
もっと違う表現で自閉症の方に配慮してほしいものです。
ドラマだからねぇ。
それを言ったら、あの殴られ屋さんだってアウトローにしては良い暮らししてるし…。
昨日のドラマの中で一番印象が残った人→「電車の中のおじさん」
輝さんのあいさつに、自分も名刺を出してあいさつしてたおじさんは
いったいどういう人を想定してたのでしょう?
反応が過剰だったため、とても気になります。
1.福祉関係者
2.障害者運動等に興味がある人。(ボランティアもしている)
3.身内あるいは関係者に、輝さんと同じような人がいる。
4.気持ちが優しい人。
5.サラリーマンの条件反射
おじさんの反応は、見ていてとっても嬉しい反応だったけど、
(他の人の目がつめたかったので)
輝さんにとっては、あいさつして握手するだけでOKで、
話し掛けられたりとかされたら迷惑なんだろうな。きっと。
>身なりがこぎれい(じっくり見てはいないんですが)
白いシャツがなんともまぶしくて・・・。
> 身なりがこぎれい(じっくり見てはいないんですが)
>
私もそれは感じました。
誰かが心配して一所懸命教えたのだろうなあ、と。
こぎれいにしていても嫌われ、変な目で見られてしまうのだから、
きれいにしてないとなおさらだろう、と、心配して。
> 私だったらシャツのボタンちぐはぐにとめるかも
これはね、下から順番にとめたらいいんですよ!
ただ、私の場合、ボタンをボタン穴にくぐらすのがダメだからなー
知っててもあんまり役に立たないや。
ちなみに、私の夫(健常・39歳・男性)は、
後ろ前もボタンちぐはぐもシャツはみだしも大得意です。
ときどき、チャック全開で電車に乗って帰ってきます・・・
それでも通用しているのは、人当たりもよく常識的で仕事もできるからなんですね。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
なくなっちゃいましたね。
先週の番組の最後にちらっとでたやつ。
内容があれでは、問題だなあとは思っていたけど。
でも、内容の見直しではなくて、なくなってしまったのは、残念です。
身なりがこぎれい(じっくり見てはいないんですが)
私だったらベストは後ろ前に着るかも
私だったらシャツのボタンちぐはぐにとめるかも
私だったらシャツがズボンからはみ出ているかも
服の着替えとかで
くぐる、たどりよせるなんてのは
今でも苦手です
>しかし、集団のなかで、ひとりぼっちでいることによって
>ひとりぼっちだと、なにか、本人が悪いことをしているような
>気にさせる集団自身の偏見のようなものは
>なくなっていってほしい。
>そんな、ことが、番組のなかに少しでもでてきてほしい。
>転んで、痛くないのに「痛かったのね」と言われ、
>うるさくて泣いていても信じてもらえない孤独。
>うらやましくないのに「うらやましがるのはやめなさい」と
>言われ、楽しく遊んでいたら、「何が面白いんだか」と言われ、
>宝物にしていた枯葉や虫の羽根をゴミと
>まちがえられて捨てられる孤独。
こうゆう感情を持つ人間って、やっぱ自閉連邦の住人なのかな?
私が子供の頃に持っていた感情がまさにコレなんです。
私も自閉スペクトラムの片隅にいる人間なのかもしれないです。
実感してしまいました。
あれはあれで、リアリティーあり過ぎますね。
運の悪かった母親は、運の向いてきた時に子供を手放してしまう。
世間でいくらでもあるお話ですね。
たまたま自閉症の子だったって事が問題を複雑にしてますが。
自分の人生を呪っている人、行き詰まりを感じてる人は、ああいう
金持ちの家に嫁げるなんて逆転サヨナラホームランみたいな状況が
そろえば、多分子供を捨てちゃうでしょう。
それまで必死であったなら尚更です。
自分を否定してる人が自己肯定出来るチャンスをもらったら、すが
りつくでしょう。
それに、のりピーも内田有紀も、自分の人生の中に奇麗なものを一つ入れたいって願望ありありです。
でも、間違ってるんだよねー。
こういう自己欺まんは、いつか破綻すると思うんだよね。
みーんな揃って人生を踏み外そうとしてるって感じ。
みんなもっと欲張りになってもいいのにね。基本がいい人なんだね。
「私は(俺は)、我慢なんかしない。欲しいものは欲しい」って
思えりゃもっとマシになりそうなんだけどね。
別のもので我慢しよう・・・なんて考えが、全ての間違いの元にな
っていくんじゃないかな?
って、何を私は語っているんでしょ・・・。
ひとりぼっちといっても、ふたとおりあります。
一つは、集団にまじらず一人でいること。
たとえば私にとっては、これは生のありかたの基本です。ここが原点。生理的に、群居本能がないんですもの。一人で仕事をして、メールやファックスで連絡をとりあって、幸せです。おかげで学校は出られませんでしたが。
もう一つは、「多勢に無勢」のひとりぼっち。
周りにいくら人がたくさんいても、いくら大切にされていても、いくら愛されていても、その流儀がツボに合わない。何を言われているかわからないのに、どうやら相手が善意らしいと思うから、わかったふりをしてあいづちを打ち続ける孤独。
転んで、痛くないのに「痛かったのね」と言われ、うるさくて泣いていても信じてもらえない孤独。うらやましくないのに「うらやましがるのはやめなさい」と言われ、楽しく遊んでいたら、「何が面白いんだか」と言われ、宝物にしていた枯葉や虫の羽根をゴミとまちがえられて捨てられる孤独。
言葉の通じない孤独。いくら一匹狼の私でも、これは辛いです。
アスペルガーと診断されたとき、「これで仲間を探し当てるキーワードを手にした」と思いました。「これで仲間に会えるんだ」と。
もちろん、いくら仲間といえども、生身のつき合いはちょっとで満腹ですが、メールや掲示板で仲間に会えて、一人ではなくなったのです。
先週のラスト、元医師が「君は一人じゃない」と言ってましたね。自助団体にでも紹介してくれるのかな。仲間に引き合わせてくれるのかな。おおぜい仲間が映るといいですね(笑) そうしたらいろんなタイプの人が映せるし。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
「にんげんゆうゆう」のホームページです。
意見感想の投稿もできます。
↓
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.nhk.or.jp/nhkvnet/youyou/
番組とは直接関係ないですが、下の
「自閉症者がひとりぼっちでいたとしても、特に
心配してもらう必要もありません」
これは、すごくわかります
しかし、集団のなかで、ひとりぼっちでいることによって
ひとりぼっちだと、なにか、本人が悪いことをしているような
気にさせる集団自身の偏見のようなものは
なくなっていってほしい。
そんな、ことが、番組のなかに少しでもでてきてほしい。
絵本といえば、外国のえほんでは、ひとりでいることの
価値を表現したものもあるし
以前セサミストリートでも、友達がだれもあそんでくれない
ときには、どうしたらいい?というテーマで
番組が組まれたこともあった。
一人でいるのも悪くないさ、、、というメッセージが
伝わってくる内容だった。そういう観点がほしいとおもいました。
昨年の夏、リタ.ジョーダンさんの講演を含む「自閉症スペクトラムの教育を考える」に参加しました。
その時申し込んだリタさんの新しい本が先日ようやく送られてきました。
さっき開いて読みはじめましたが、
いきなり、
「自閉症者がひとりぼっちでいたとしても、特に心配してもらう必要もありません......私たちは、非難され、笑われ、社会の礼儀作法というプラスティック箱の中におさめられる必要もありません。私たちは、人々がすぐに受け入れてくれるような、今の自分とは違う存在になるためにすべての人生を費やす必要はありません。次々といろんな名前を付けられて分析され、細かくついばまれ、見本のように精密に調べ上げられ、虫眼鏡を通した大きな目で見つめられ続けるのはもう結構です。」
という自閉症の方の言葉からはじまっていました。
親としては、診断名とか分類とか療育方法とか、いろいろ考えてしまいますが、本人の方たちには、さぞかし迷惑なことなのでしょうね。
でもね、子供が小さいうちは、やはり親の責任って思ってしまうのですよね。どうしても。それはとても当たり前の事で。
子供が大きくなって、「好きにさせて!」って言えるくらいに力をつけてくれたら、本当にうれしいんだけど。
そして自閉の世界を本当には理解できない親のできることには、限界もあるし、時には間違えもあるかもしれない。
だけど、子供を愛し、子供の現在と将来を心配する気持ちは、親なら皆同じだと思うのです(輝さんの親はちがうのだろうけど)。
ドラマでもね、子供を思う親の気持ちと、子供の気持ちがすれ違うところ、上手に描けるといいなと思っています。
日テレの方はちょっと無理かな。
ドラマの中で、親の思いってやつも、きちんと上手に表現して欲しいなと思います。
TBSの母親の方に私は期待してるんだけど。
>分類基準が何?・・・
全く同感です。「アフリカの国境線は〜」でLingkoさんが書いてらしたみたいに、私たち(すいません、私は本人です)の間に真っ直ぐな
国境線、というか、真っ直ぐな分類基準は引けないと思います。
どーでもいいです。境界線を引いたところで、本人たちの生き辛さの
解決につながるのでなければ。
>むしろ私が強く感じた違和感は、約束をすっぽかされてもう約束はしないといっていた 主人公が、番組の終わりのほうであっさりともう一度約束をしていた場面です。
私自身は、自分自身がかなりいいかげんな人間なのか、もうしないと思っても簡単にリニューアルされてしまうんですよね。
それよりも、「君は一人じゃない」っていうのは「言明」であり、叙述文だから、約束にならないと思いました。約束っていったら、「○○をします」っていわないといけないでしょう。誰が約束しようがするまいが、一人でなければ一人でないのであり、それは正か誤かしかないのにね。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
専門家によって、違う分けかたをしてるので、そういう混乱が起きるんだと思います。
特に、「カナータイプ」という名称は正式な「分類名」っていうか「診断名」じゃないので、診断基準によって定義が決まっているわけではありませんから。
ままはっちさんが気にしているのは、「そういう人がいるかいないか」ということで、如月さんのおっしゃっているのは、「どこで分類するか」の話なんじゃないかな?
私から見れば、分類規準が何? なんで地球人が勝手にずかずか私たちの国に上がりこんで国境線を引くの? って感じですけどね。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/tashuzoku.htm
>現在では知的障害を伴う場合をカナータイプ 、
>知的障害を伴わないケースをアスペルガー症候群と呼ぶのが一般的の>ようです。ですからカナータイプの高機能自閉というものは分類上ではないと思います。
すいません・・・ドラマの話題ではありませんが・・・。
知的には遅れのないLDと言われるお子さんの中に、
強度のこだわりやひとり言などの典型的自閉症の行動を持つお子さんが
います。人との接触を好まないお子さんたちです。
彼らは自閉傾向の強いLDということですが、決してアスペタイプでは
ないように見えるのです。しかし彼らは自閉スペクトラルの一員です。
ですので、カナータイプの高機能自閉というのもあるのかなと思ったのですが。
以下のURLの内山先生の「アスペルガー症候群とは」に、
このような内容があります。
引用・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カナータイプの子供は他者に関心を示さず1人遊びにふけることが多いのです。
たとえ、他者に関心を示したとしても相手の反応を考慮せず一方的に要求したりします。
一方,アスペルガータイプの子供は他者と関わりあおうとする努力をすることが多く、人嫌いではありません。
しかし、表情を読んだり、しぐさで相手の意図を判断するのが苦手です。
・・・・・・・・・・・・・・引用おしまい
この論文を読むと、
カナータイプとアスペタイプは、知的障害の有無の違いというよりも、
自閉的特長の違いと思われるのですが?
どうなんでしょうか? よくわかりません。
本当にカナータイプの高機能というのはないのですか?
と・・・、ドラマの話題でなくてごめんなさい。
今晩からまたドラマの話題がきっと山盛りになりますね。
私もドラマの話書きま〜ス。
↓参考HP 神奈川LD協会
(内山登紀夫先生 「アスペルガー症候群とは」)
LDとの関連の内容もあります。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.246.ne.jp/~kanald/hisho/uchiyama.html
> すみません、教えてください。
> カナータイプの高機能自閉ってないのですか?
>
> 高機能自閉とアスペルガーとふたつありますが、
>
> カナータイプ(あまり人に感心がない)高機能を「高機能自閉症」
> アスペタイプ(人には興味あり、ただし一方通行)高機能を「アスペルガー症候群」と言うのかなと思っていたのですが・・・
自閉症の研究はだいたい1940年頃に出たカナーとアスペルガーの論文から始まりました。カナーが扱った事例には比較的知的障害を伴うものが多く、アスペルガーのほうには知的障害を伴わないケースが幾つかあったので、現在では知的障害を伴う場合をカナータイプ 、知的障害を伴わないケースをアスペルガー症候群と呼ぶのが一般的のようです。ですからカナータイプの高機能自閉というものは分類上ではないと思います。ドラマにあてはめれば、輝さんが前者、繭子さんが後者となります。アスペルガーの研究は名前が示しているように彼がドイツ語圏の人であったことや、一般的な見方として輝さんのほうが繭子さんよりも大変だろうと考えられることなどから、最近まではそれほど注目されていなかったようです。何人かのアスペルガー症候群の人たちの自伝などが世に出て、そういう人たちの存在を世間が認識してからのことではないかと思います。ですから自閉症といえば、輝さんのような人のことを思い浮かべるのが一番的ではないでしょうか。レインマンの主人公もそちらの人だったと思います。
私は多分にアスペルガー症候群的な人間で、幸いにも今まであまり馬鹿だといわれたことはないのですが、言われたとしても馬鹿という言葉にどのぐらいの差別的意味合いが含まれているのかが知識ではわかっても、感覚としてはわからないのでそれほどには傷つきません。それは例えば、ジャップといえば日本人に対する差別語なのですが、日本人にはその度合いが皮膚感覚としてどの程度のものかがわからないので、おそらく言った人がこめたほどのものは伝わらないのと似ていると思います。むしろ私が強く感じた違和感は、約束をすっぽかされてもう約束はしないといっていた 主人公が、番組の終わりのほうであっさりともう一度約束をしていた場面です。普通ならばもう二度と約束はしないか、最終回あたりでやっともう一度約束をしてもいいかな、と思うようになるぐらいの速さでしか変わらないものです。まあ、そんな落ちではドラマにならないのは当然でしょうが、かなりよく研究しているなあという中でそこだけはとても、嘘臭く感じました。
>
> >「やっぱりおおかみ」だな。それか「ステラルナ」。
>
> これって何ですか。
>
絵本ですー(笑)。
> すいませ〜ん。番組とは全然関係のない方向に来てしまいました。
いやー、私が悪いんだけどね(笑)
ぐるんぱのようちえんも、目のつけどころとしては悪くないですよね。
私もそれなりに好きだし。どこで調べたのだろう。
それに、輝さんが小さいころなんかは「やっぱりおおかみ」がまだ
出ていなかったし。
「ぐるんぱはしょんぼり」だと絵になるけど、「け」ではねー
(「やっぱりおおかみ」の主人公のおおかみの決めのセリフが
「け」なんですよ)
「ステラルナ」は洋書です。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
>「やっぱりおおかみ」だな。それか「ステラルナ」。
これって何ですか。
すいませ〜ん。番組とは全然関係のない方向に来てしまいました。
> 私は「ぐるんぱのようちえん」は要らないけど、
私だったら、「ぐるんぱのようちえん」より、
「やっぱりおおかみ」だな。それか「ステラルナ」。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
私は「ぐるんぱのようちえん」は要らないけど、
「君が〜」の冒頭で流れるドナ・ウィリアムスさんの歌の
CDが欲しいです。彼女は私にとってカリスマですもん。
思ったより、数字いいですね。もっと低いかと思ってた。
(特にTBSのほうは)
先日、書店に行ったら「ぐるんぱのようちえん」が平積みで
どさっとありました。
良くも悪くもやっぱドラマの影響はスゴイっ
私の子供をある療育の現場(教育大の教授がやっている所)に
初めて連れていったとき。。。
「お母さん、心配ないですよ、この子はこのこです、
何が心配ですか。自閉?とんでもない、この子のどこが自閉ですか、
受け答えもできるし。障害?それはかってにお母さんがつけたんで
しょう」
と言われました。
何?納得イカン!とものすごく憤って、反論しましたが。
この子の生きにくさは、これから受ける苦労や、不安や悲しみは 、どうにかしてあげれるものじゃないか?!とおこれました。
この2本のドラマをその教授が見てくれてるといいと思います。
いろんなタイプがいるってことを!
某掲示板の書き込みによると、
君が・・・ は15.2、
天使・・・ は15.9とのことでした。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
自閉傾向ではないLDの親なのでROMだけしておりましたが
にんげんゆうゆうの番組に対してコメントがあったので
トピずれですが、一言だけ・・・・
あのソーシャルの場所は結構受けいれてくれるけど、
基本的にはADHD傾向の子供が専門なので、
自閉症の親の期待に添うかは疑問です
良いところではありますが。
(ただ親の負担なども、覚悟しないと続きません)
”普通”にすることだけが目標になってしまうと、この危険が有りますよね。親にも言えないっていうのは悲しすぎます。世界中の人が理解してくれなくても親だけは我が子を受け入れてあげたい気がします。
一応ドラマの掲示板ってことで、何とか本題に引き戻せるかなーっと
(脱線させてしまったのは私の責任なので・・・)
> 「療育のやりすぎの後遺症」って言うのは、
> これはどんな後遺症がでるのでしょうか?
いま、大人になって、自分で克服しようとしている人たちの子どものころの話ですから、彼らが療育を受けたのは、かなり昔の話ですよね。国によって、治療者の流派によっても違うけど、体罰がまかり通っていたり、昔のことだからいろいろありました。私もそんなにおおぜい知っているわけではないのですが。
でも、精神的なもので一番よく聞くのは、全般的な自己嫌悪と、劣等感、罪悪感、鬱状態、漠然とした不安といったものです。
なにしろ、言葉や行動のかげにあるニュアンスや意図が読みとれない人たちですから(笑)、変な誤解をしたり、必要以上に生真面目に受け止めてしまったりするんですよね。
たとえば、変な癖(独り言とか、手をひらひらさせたり、身体を揺すったり)を厳しく矯正された人たちの場合、行為そのものはやめられても、やりたい気持ちだけは残ったりしますよね。それを自分で「悪いこと」と思ってしまい、鬱状態になっている人は何人か知っています。
あと、触覚過敏のひどかった人で「抱っこ」をがまんする訓練をされていた人が性犯罪にあった場合、逃げたり抵抗したりしてもいいという発想が受け入れられず、連続被害に遭う傾向がある、という報告は読みました。
具体的に何がどうなる、っていうより、「何でもがまんして言われる通りに」っていう行動原理が身につきすぎて、意思決定ができない、自分の希望を出せないため、利用されたり虐待されたりしてもなすがまま、とか、そういう感じになるみたいです。
> 親とか周りは、それを理解できますか?
> その時は親はどういう手助けができますか?
親には、本人が言いたがりません。隠している人が多いと思います。傷つけたくないから、と。特に、親の尽力で言葉の遅れを克服できた人の場合は、そのありがたさをよくわかっていますから、後遺症で苦しんでいることをひた隠しにしています。
ととと、だんだんドラマから離れてしまったんですけどー、どうやってもとに戻そう・・・http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
> あるいは、子どものときに、周囲の人たちの熱意と尽力で「奇跡的回復をとげた」人たちが、「療育のやりすぎの後遺症」を自分で克服していくときにも、「幸せそうな同胞たち」の姿を必死で観察して、学んでいます。
「療育のやりすぎの後遺症」って言うのは、
これはどんな後遺症がでるのでしょうか?
親とか周りは、それを理解できますか?
その時は親はどういう手助けができますか?
また、そういう後遺症を克服できなければ、どうなるのでしょうか?
そのへんをもう少し詳しく教えてもらえませんか・・・。
> 息子を見ていると、毎日とても幸せそうです。
> 自分は人と感じ方が違うんだという疑問を、きっと
> 彼は持っていないと思う。
> 適度に構造化された環境で、自分の生活を楽しんでいる
> 姿を見るにつけ、
高機能(アスペや水頭症の人も含めて)の人たちの中にも、二次障害を克服し、自分の暮らしやすい生活を設計しなおすために、「重度」とか「知的障害重複」の人たちの姿を見て、学んでいる人たちがいます。
これまで、「何でもがまんしさえすれば何とかなる」というわけで、自分の感覚を鈍らせ、ニーズを感じないようにすることで対応して、自ら進んで二次障害を起こしていった人たちですから。
あるいは、子どものときに、周囲の人たちの熱意と尽力で「奇跡的回復をとげた」人たちが、「療育のやりすぎの後遺症」を自分で克服していくときにも、「幸せそうな同胞たち」の姿を必死で観察して、学んでいます。
> 結局、文章で表現できる、言葉で自分たちの文化、感じ方を
> 人に伝えることができる人たちのアピールが、息子たちの
> 力になるように思います。
私のときは、知的には超天才レベルだけど重度、っていう人のエッセイを読み、講演を聞くことで、自分のニーズを特定し、感覚を獲得していきました。
だってそれまでの私ときたら、聴覚過敏にさえ、自分で気づいていなかったくらいなのですから。大きな音がするたびに、耳を押さえてちぢこまるので、他人にはバレバレだったのに、うるさいからだとは思っていませんでした。だって、「この状態を『うるさい』と呼ぶのだ」ってことを知らなかったのですから。
四年生のとき、たった一度「うるさくないでしょう、大げさなんだから」と言われたのを、その通りに丸暗記して、「なるほどこれは『うるさくない』とよぶらしい」と覚えたんですもの。
>
> 同じ時期に、繭子と輝さん、二つの代表的(というか、輝さん、
> 自閉症特性てんこもりすぎる…)自閉症のタイプを描いて
> ドラマが放映されるのは、意義深いと思います。
>
私は何も知らずに普通学級に通ったから、社会的な立場や、社会的経験は繭子に近いのだろうけど、感覚は輝さんの方が身近に感じてしまいます。
ただそれを、一人でやっているだけ。繭子の弟と、輝さんの二人分を、一人二役している。後でゆっくり輝さんの姿に戻るために、必死で繭子の弟をやっている。リボンの騎士のサファイアが女の子に戻れる部屋ってあったじゃない? あの感覚です。秘密の部屋では輝さんに戻れるんだ。
でも、どの人とも違うのは、私はべらべらとうるさいところかな(笑) 赤毛のアンも顔負けのしゃべりんだったから。
「君が・・・」第3話で登場するという繭子の自閉仲間、どんな女性なのでしょうね。うるさくてだらしない人だといいなー。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
これは私の娘です。
アスペルガーだとは思いません。
知的には高いし、これからも高くなりそうだけど。
こういう人(子)もいるのです。
高機能自閉症=カナータイプの高機能
アスペ=社会性は割と有るが、細かい所が判らない、個性でいけなくもない
そしてやっかいなのが、カナータイプなのに「そう見えない」子。
(カンガーさん、つくづく一緒だね・・)
それなのに集団に入れると一目瞭然な部分が有ります。
受け皿が無いのは無理解な医師と勉強不足の専門家がもたらした結果でしょう。
高機能カナータイプの困難さを知って欲しい。
>(おそらく)問題があると思いながらも、この台詞をいわせたのかなと思っていました。
> 局側で気がつかないとは思えないから。
知的障害が無くても、本人はそう思って苦しんでいるというのを知らせたくて・・・
のような気がしています。
パーティー会場での『親の育て方が・・・』などの誤解は番組中に解いていくのだと
思っています。見守りましょう。
こんにちは。
重度といわれる18歳の知的障害重複の自閉症児の母です。
> 「この子が自閉の仲間だって言うなら、家の子は一体何だって言う
> の?」とあからさまに言われた事もあります。
何年か前までは、自分の子供のことばっかり考えていて、
そんな風に感じたこともありまして。
高機能自閉症の人の、どこに問題があるの?ってね。(~_~;)
でも、本当に子供の世界を知りたいと思ったら、
実は一番苦しくて、大変な思いをしているのが
高機能自閉症といわれ、ボーダーから一般の生活をして
気づかれないままに、暮らしている人たちなんだという
事を知りました。
> 障害者の仲間には入れてもらえない。
> 健常者の仲間にも入れてもらえない。
息子を見ていると、毎日とても幸せそうです。
自分は人と感じ方が違うんだという疑問を、きっと
彼は持っていないと思う。
適度に構造化された環境で、自分の生活を楽しんでいる
姿を見るにつけ、自分自身で文化の違いを感じ、そして
周りと自分との違いを、「普通」のバリアで締め付けられて
いる、高機能自閉症の人たちの苦しみ、声をもっと知りたい
と感じます。
結局、文章で表現できる、言葉で自分たちの文化、感じ方を
人に伝えることができる人たちのアピールが、息子たちの
力になるように思います。同じ、自閉症じゃないですか。
時間と情報を得ることで、低機能(?)自閉症の親御さんも
そのことに気づいてくるんじゃないかなぁ。
同じ時期に、繭子と輝さん、二つの代表的(というか、輝さん、
自閉症特性てんこもりすぎる…)自閉症のタイプを描いて
ドラマが放映されるのは、意義深いと思います。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.niji.or.jp/home/xicczt/
> カナータイプの人の関係者は
> 「高機能自閉症の人の辛さ」を知らない。
> あるいはそういう人がいることすら知らない。
すみません、教えてください。
カナータイプの高機能自閉ってないのですか?
高機能自閉とアスペルガーとふたつありますが、
カナータイプ(あまり人に感心がない)高機能を「高機能自閉症」
アスペタイプ(人には興味あり、ただし一方通行)高機能を「アスペルガー症候群」と言うのかなと思っていたのですが・・・
うちの子は、高機能ですが(IQが高いのでそういわれています)、これから先変わる可能性が出てきているものの、いまのところASとは言えないと専門医にいわれました。
おそらくカナータイプなのでしょう。
言葉をしゃべらせてみれば、障害者なのはすぐわかります。
助詞の使い方がおかしかったり、こちらの質問に的確に答えられないことも多いし。
大人の手助けがないと、お友達と上手にかかわることもできません。
それでも、専門医ではない、小児科医に、
「この子が自閉症だったら、じゃあ、いわゆる自閉症の子供をなんと呼ぶのか知りたいね」といわれたことがあります。
そんな状況では、高機能自閉症のことを理解して欲しいと願ってもむずかしいとずっと思ってきました。
>障害者の仲間には入れてもらえない。
>健常者の仲間にも入れてもらえない。
この思いは、常に私の心の中にあります。
このことを、ドラマの中できちんと伝えていってほしいと思います。
Lingkoさんの「馬鹿」に関する書き込みを読ませていただいて、このドラマは高機能のことを良く勉強してつくられているんだなあとつくづく思いました。
(Lingkoさん、いやなことを、いっぱい思い出させてしまってごめんなさい)。
あの言葉が、やっぱりあの場合、一番繭子の気持ちにぴったりなんでしょうね。
(おそらく)問題があると思いながらも、この台詞をいわせたのかなと思っていました。
局側で気がつかないとは思えないから。
そのことをどう説明するのかな、という意味もこめて、もし謝罪文を出すとしたら、ただ『不適切な表現があったことをおわびいたします』だけで終わらせないで、前説のようなもので高機能自閉症のことをちゃんと説明してほしいという気持ちで先日の書き込みをしました。
>高機能及びASで社会適応の難しいタイプのカテゴリーが欲しい。
>LDとは別で。
社会性・行動面に問題のあるLDと
高機能自閉・アスペはかなり重複した困難をかかえていますね。
たぶん同カテゴリーに位置するお子さんです。
同じお子さんが、こちらではLD、こちらでは高機能自閉と
言われることが多くあります。
また3〜5才では自閉傾向、小学校に上がる頃にはLDと診断名が
変わるお子さんも多いですね。
LDの親の会に入っているお子さんの70〜80%は、自閉の範疇のお子さんだと言う話も聞きます。
それだけ社会性・行動面・コミュニケーションに問題をかかえている
お子さんが多いということでしょうね。
一番目につくことですからね。一番親が悩むことでもありますね。
そして一番、指導・教育の難しいことです。
少しづつでも、そういう子たちの支援制度をつくっていきましょう。
世間の人は「障害のある人の生活感」を知らない。
自閉的な面のない知的障害の関係者は
「自閉症の人の辛さ」を知らない。
カナータイプの人の関係者は
「高機能自閉症の人の辛さ」を知らない。
あるいはそういう人がいることすら知らない。
そういう場合が多いから、誤解や軋轢が生じるのだと思うのです。
「知らない」と「無い」と思ってしまうから。
「知らなかった」と言うことに気づけば
「知らなかったけれど、あるのかも……」となりますよね。
このドラマもこの掲示板も、
「ありゃ?私、知らなかったぁ」という「気づき」のもとに
なればいいなと思うのです。
だから、繭子の両親みたいに本人にさえも知らせずに
ごまかしてはいられない。
私は心的外傷後ストレスで、涙を流せない人が
日頃から目が乾いていることは知りませんでした。
自分の状態を自分で分析できてしまって
それなのに、それに向き合うことができないために
精神科医としての自分も捨てようとしている人が
それをどんな風に乗り越えていくのか、
心的外傷後ストレスの御本人や関係者はどんな風に見ているのかな?
>障害者の仲間には入れてもらえない。
>健常者の仲間にも入れてもらえない。
社会的にも制度的にも。
『取りこぼされて』いますよね。
高機能及びASで社会適応の難しいタイプのカテゴリーが欲しい。
LDとは別で。
またまた個人的見解。
lingkoさんは文字からは「本人」と判らないもんね。
私もねー、「存在すること自体が迷惑」って言われたしね(爆)http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
家の娘はASですが、どこに行っても「普通の子なのに」「普通
に色んな事が出来るのに」と、普通普通と耳にタコです。
事前にどういう事をやるのか判っている事を予習させてから、学校
へ送り出して、やっと大きなミスをせずにすんでいるだけなのです
が・・・。
特に、カナータイプの自閉症児の親からの反発を感じます。
「この子が自閉の仲間だって言うなら、家の子は一体何だって言う
の?」とあからさまに言われた事もあります。
ですから、繭子が「高機能自閉症」と言う診断名の付いた人である
と言う事は、上記の理由により反発を買う事もあるでしょう。
障害者の仲間には入れてもらえない。
健常者の仲間にも入れてもらえない。
正にこれこそ「高機能自閉症」及び「AS」の人の現状なんでは
ないかと私は感じています。
どうでしょう?
訂正 投稿者:「けやき」HP管理人
> NHK教育TV「変わった子」と言わないで(4回シリーズ)
> 放送日時:4月17日(月)〜20日(木)
> 19:30〜20:00
> 再放送
> 翌 日 13:05〜13:05
> 翌々日 04:30〜05:00
NHKの番組担当者氏より以下のような訂正ありました。
−−−−−−−−ここから
**様経由でお送りいたしました「にんげんゆうゆう」放送スケジュ
ールですが、私の勘違いで、再々放送の放送日を間違えてお伝えして
おりました。
正確な放送日は第一回〜第四回が4月25日(火)〜4月28日(金)
の午前4:30〜4:59です。
誠に恐れ入りますが、訂正いただきますよう、お願い申し上げます。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.ne.jp/asahi/hp/keyaki/
「ビューティフルライフ」とか、「金八先生」の時のHPのご意見箱は
けっこう早めにいっぱいのご意見が掲載されていたのに、
(リアルタイムっぽく・・・HP担当者がチェックしてすぐに)
(ものすごい数のご意見がすぐに載せてあったのに)
この君が〜のご意見箱はそうじゃないのですね。
載せる場合もありますって感じで逃げてるし。
私の土曜日に出したご意見もきっと掲載されないのね。
内容も障害についてのものが多いので、きっとどう処理したら
いいのかHP担当者も困っているのかな。TBSも。
「○○の演技が良かった。あのストーリーがどうこう・・・」なんて
ご意見だったら、考えることなく載せれるのにね。
たぶんドラマがはじめる前から色々プレッシャーかけられて、
TBSも日本テレビも、視聴者(とくに自閉関係)の意見に
少しビビッてる雰囲気がします。
> ひとつめは、
> 「私は馬鹿じゃないの?」「そうだよ」という台詞があったことへの抗議でした。
> 私も見ていて「こんなこと言わせちゃっていいの?」と思ったので、やっぱりという感じです。
> この言葉、ずっと自分が人と違うことを不安に思っていた繭子の気持ちを表すために使ったのだと思うけど、どうなのかなあと思っていました。
私も書籍関係の仕事をしているので、日頃は、用語に注意する習慣がついているのですが、このときばかりはさすがに気がつきませんでした。
なぜかというと、あまりにも自分が言われ続けてきた通りの、あまりにも聞き慣れた言葉だったからです。身近すぎて、頭のフィルターをすっと通っちゃったんですね(笑)
学業成績だけがまあまあなのに身辺自立のできていなかった私は、ずっと「無駄に頭だけ良いくせに馬鹿」「いくら頭が良くても、馬鹿ではしかたがない」「馬鹿のくせに成績だけ良くても何にもならない」「馬鹿のくせに本ばかり読んで」と言われ続けてきました。
学年が進んで成績が下がると、「馬鹿なんだからせめて成績だけでも上げておかないと」と言われ、学校を中退したときは「あんたは馬鹿なんだからせめて学歴ぐらい」と言われたものでした。
理由もなく、知っていることを活かせない。知識だけあってもそれが常識や生活力に結びつかない、丸暗記だけで応用できない、そういう意味だったのでしょうね。
実は、親戚に軽度の知的障害のある子がいたのですが、その子の方が私よりもしっかりしていたものですから、よく「見習いなさい!」と比べられて叱られたのも思い出します。
診断がついていなかったころ、私は、「健常児のくせに、なぜ自分はダメなんだろう」と思い、どこか悪いところがあったらいいのに、とよく思っていたものでした。どこか悪いところがあるとわかったら、自分にいろんなことができないのは、理由のないことではないと証明されるから。馬鹿じゃないとわかるから。
あんまり物を忘れるから、痴呆かなあなんて考えて、痴呆だったらいいのにな、そうしたら、物忘れの理由が説明ついて、馬鹿じゃないことが証明できるのに・・・ と思ったこともありました(同じ話は、他の人からも聞いたことがありました)。
まあ、TBSの不注意は明らかで、言い逃れのしようもありませんね。
でも、何だか、「馬鹿」をきっかけに、あれこれ思い出してしまいました(笑)
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
> ふたつめは、
> あれでは、普通の女の子じゃないですか!!もっと勉強して作ってください!!
> 自閉症児を持つ親御さんは、みなさんそう考えているでしょう!!
> という感じでとても怒っていらっしゃるものでした。
まあ、ある程度はしかたないかな。架空の人物であるドラマの主人公どころか、実在の人物である私でさえ、あちこちで同じことを言われていますよ(笑)http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
「君が〜」の感想欄で私自身が気になった書き込みが2つありました。
ひとつめは、
「私は馬鹿じゃないの?」「そうだよ」という台詞があったことへの抗議でした。
私も見ていて「こんなこと言わせちゃっていいの?」と思ったので、やっぱりという感じです。
この言葉、ずっと自分が人と違うことを不安に思っていた繭子の気持ちを表すために使ったのだと思うけど、どうなのかなあと思っていました。
2回目で謝罪するように要求していましたが、謝罪文をだすとしたら、どんな形になるのかなと思っています。
ふたつめは、
あれでは、普通の女の子じゃないですか!!もっと勉強して作ってください!!
自閉症児を持つ親御さんは、みなさんそう考えているでしょう!!
という感じでとても怒っていらっしゃるものでした。
「う〜ん」と考えてしまいました。
普通の女の子に見えなかったけどなあ。私には。
高機能自閉症をドラマにするということは、いろいろな意味で配慮が必要かなと思いました。
当然予測していた反応だとは思うのですが.......。
やっぱり、前説とかテロップとか必要だと思うのですが、どうでしょうか?
今年の1月15日の朝日新聞にライナスのことがとりあげられていましたね。
吉崎所長の
「学校では生来の能力に偏りがある子の存在を認めず、ただ枠内に押し込める指導をしている。それでは心がズタズタに壊れてしまう。」
という言葉に感銘をうけました。
きめ細かい指導をしているようで、感動しました。
こんなフリースクールに子供を入れたいな、でも自閉症の子供は入れないのかな。
などと思いながら記事をとっていたことを思い出しました。
大変関心のあるところだったので、TV放映の情報うれしかったです。
ありがとうございました。
見つけました。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.stardust.co.jp/rooms/moe/letter.html
LD関連番組 NHK教育TV「にんげんゆうゆう」
4月17日(月)〜20日(木)夜7時30分〜8時
再放送:翌日13:05〜 翌々日04:30〜
NHKからの連絡では以下のように、正式な題名と放映時間が決定した
とのこと。
再放送を含め3回放映するようです。
−−−−−−−−ここから
「変わった子」と言わないで
1.「LD・学習障害の子どもたち」
4月17日 19:30〜19:59
4月18日 13:05〜
4月19日 04:30〜
2.「見えない苦しさを知ってほしい」
4月18日 19:30〜19:59
4月19日 13:05〜
4月20日 04:30〜
3.「ひとりひとりの力を伸ばす」
4月19日 19:30〜19:59
4月20日 13:05〜
4月21日 04:30〜
4.「きっと自立できる」
4月20日 19:30〜19:59
4月21日 13:05〜
4月22日 04:30〜
------------------------------- 追加情報2 [2000/04/15]
ライナス教育研究所・フリースクールライナス(神奈川県藤沢市)
発行の、「ライナス通信 No,24 2000/4/10」によると、「にんげん
ゆうゆう」第1回と第3回放映分で、フリースクールライナスでの
LD児指導の様子が、放映されるとのこと。
ライナス教育研究所
藤沢市片瀬1−6−37http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.ne.jp/asahi/hp/keyaki/
ここにこんな事書いていいのか解りませんが、
ドラマが始まって、私は、好奇心から、ドラマに関する掲示板を、
いろいろと見て回ってしまいました・・・・
だいたいは、「自閉というものをこれから理解していくように努力したい」
「ドラマとは違うけど、関心が持てた」「良かった。悪かった」
と言うのが多かったのですが、辛い意見もいっぱいありました。
でも、これはだいたい予想もしていたし、
少しでも関心を持ってもらえただけでいいかと思いましたが、
世の中にはいろんな人がいるらしく、そういう人がいることが解って、
いじめのターゲットにしようとか、気持ち悪いと、学校で、バカにすることが流行っているとか・・・・
挙げ句の果てには、自閉の親同士の罵り合いがあったり・・・
それこそ、Lingko さんじゃないけど、掲示板を見なければ良かったと・・・・(苦笑)
こんな事言いだしたらきりがないけど、旦那に言わせると「ほんの一部だよ」と言うけれど、
まだ、書いてくる人以外にどれだけそれをしてやろうかと考えてる人がいるかと思うと、
何だか悲しくなりました。
でも、忘れるのも早いかもしれないけど・・・・
どんなことでも、解ってもらうには、大変なことなんですよね。
本当に、少しでも良い方向へいって欲しいと思いました。
「身近なタイプ」ってことになると、うーむ。
社会的な立場としては繭子に近いから(そして、見た人からは繭子に似ているとも言われるけど)、対外的な経験はきっとこれから繭子を身近に感じるのでしょうけど、内的体験としてスッとわかるのは輝。ただしどちらとも似ていないのは、私はめちゃくちゃおしゃべりで皮肉屋でひねくれている点(笑)と、握手も指切りもできない点(笑)。
私は正常知能を持ち、未発見・未診断のまま普通学級に通いましたが、普通学級の同級生たちや、母や夫などよりも、あまり話のできない仲間たちの方を身近に感じます。
診断名はアスペルガーですが、自助団体で出会った仲間たちには、同じアスペでも「こうも違いますかあ」と思える人も、カナータイプの人で「うわ、薄気味悪いくらいそっくり」と思える人もいて。
私の実感では、下位分類って、自分たちの島に白人の探検家が上陸して国境線を引いていったみたいな感覚です。たまたま最初の白人が上陸した岸辺の村の人たちが標準とされ、典型とよばれているような。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.kafusha.com/Shinkan/index.html
> 私は輝さんをみていても、リアル感あまりなくて、ドラマとして見ている感が強かった。
> 繭子さんの方はやっぱり自分の子供の将来と重なって.......。
私の場合は反対で、輝さんに自分の息子を重ねています。
だから、繭子さんの方が、私にとっては新発見が多いです。
> 同じ障害名で呼ぶには、あまりにも違うタイプの方がいることを、再認識しています。
> やっぱり今のままでは、不自由ですし、違うタイプの子を持つ親が(そうとは知らずに、またそういうつもりは全く無く)傷つけあったりするのではと心配です。
> このドラマをきっかけに、専門家の方々にも一考をと思います。
本当にそう思います。
けして、高機能=軽いという図式は成り立たないから。
そういう事が言いたいのです。
そういう意味で『君が教えてくれたこと』のドラマは一石を投じてくれそうだと思っています。
IQが150だというT.グランディンさん。彼女は(super)hi-function Autisimでも
自閉症としてはけして軽くは無い。
IQを計るよりも『自閉症度』を図り、その対応や訓練が必要じゃないのかと思っています。
(こういう類のテストはCARSしか知りませんが、もっと体系的な物が必要だと思う)
そして本人の特性、得意な所を伸ばすようなことも。
話がそれてしまって申し訳ありません。
>やっぱり今のままでは、不自由ですし
やっぱり不自由よね。
高機能は『どこが障害なの?』などと言われがちですから。
それが同じ障害を持った親の人からも・・・。
>すべてひっくるめて自閉症。特別にASという用語も有るけ>ど、このふたつだけの今の 現状、どうなんでしょうか。
>これでいいんでしょうか。
>でも分けるにしてもその境でまた医者は苦労するのでしょう>ね?
> IQの高い低いだけで分けて高機能・低機能の現在はおそ>まつな気がしてきました。
>(そう思いません?)
めちゃくちゃそう思っています。
私は輝さんをみていても、リアル感あまりなくて、ドラマとして見ている感が強かった。
繭子さんの方はやっぱり自分の子供の将来と重なって.......。
同じ障害名で呼ぶには、あまりにも違うタイプの方がいることを、再認識しています。
やっぱり今のままでは、不自由ですし、違うタイプの子を持つ親が(そうとは知らずに、またそういうつもりは全く無く)傷つけあったりするのではと心配です。
このドラマをきっかけに、専門家の方々にも一考をと思います。
「広汎性発達障害」はなんとなくピンと来ないです。
「けやき」管理人さま「にんげんゆうゆう」私のページでも紹介しようと思っていたところでした。
自閉の子供にも参考になる所は有るんじゃないかと思っています。
「変わった子と責めないで」ではなかったですか・・・?違ってたらごめんなさい。
SHARE、2000年春号の自閉症の説明はさすがだなと感じましたがこれは親の
考えであって、本人の方だとまた他に色々出てくるのではとも。
スペクトルの中のひとにぎりの方の代表・・・。
「私の子は違う」と言ってみても(実際私だって子が大きかったら言いたくなるだろうけど)
それは或る意味当然なんですよねー。
すべてひっくるめて自閉症。特別にASという用語も有るけど、このふたつだけの今の現状、どうなんでしょうか。
これでいいんでしょうか。
でも分けるにしてもその境でまた医者は苦労するのでしょうね?
IQの高い低いだけで分けて高機能・低機能の現在はおそまつな気がしてきました。(そう思いません?)
ウド君ってなんとなく「っぽい」と私は思っていたのですが・・・。確かに美形じゃないけど。
autismドラマの話題ではないので恐縮ですが。
autism の親戚?関係にある、LD(学習障害)関係の番組です。
NHK教育テレビの「にんげんゆうゆう」の放映が始まります。
LD児への教育支援がテーマとして取りあげられます。
>番組名:「にんげんゆうゆう」
>タイトル:「変わった子」と言わないで
>NHK教育TV
>放送日時:4月17日(月)〜20日(木)
>放送時間:夜7時30分から8時まで。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.ne.jp/asahi/hp/keyaki/
もう一度、URL入れてみました。
番組の感想でなくてすいません。
「自閉症」という言葉が、誤解を生むのでしょうね。例えば、「あのような
描かれ方では、自閉症に対する誤解が固定化される」というご意見があった
として、その指している「自閉症」とは、多分、「カナータイプ」の場合な
のではないでしょうか?
最近は、自閉スベクトラム等とも言うらしいですが、「自閉」という日本語
の持つ、曰く言い難いニュアンスが、誤解の出発点のような気がしてます。
単なる「言い換え」で解決するとは思いませんが、ちょっと性格的に内向的
で、引っ込み思案な人のことまで、「自閉気味」だなんて使われると、「違
うのだけどなぁ」と思ってしまいます。
医学用語としては、「広汎性発達障害」などの用語を使うらしいですが、こ
れとて、的確な表現かどうか?
さて、繭子のようなタイプの「高機能自閉症」又は「アスペルガー症候群」
あるいは、その隣接にあると言われる、「非言語性LD(学習障害)」など
本当に、状態像を一口では説明しにくいし、また、バラエティにも富んでい
ますね。
最近の話題として、ビル・ゲイツ氏が「自閉症」といった、記事も見かけま
すが、この場合の「自閉症」は、もしそうだとすると「アスペルガータイプ」
のものであって、単に「自閉」などと言った、「雑駁」な言葉で表現できる
ものではないと思うのです。
参考として以下のサイト見てください。
3月11日、都内で開催された、第13回TRONイネーブルウェア研究会例会
−自閉症と情報ネットワークの役割−の様子が以下のサイトで閲覧できます。
「ビル・ゲイツも自閉症?」というタイトルがついてます。URLが折れ曲が
ってしまうので、適宜ペーストしてください。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.ascii.co.jp/ascii24/call.cgi?
file=issue/2000/0315/topi01.html
それでは、番組スタッフの皆さま、次回を期待しておりますので、よろしく。
自分は言いたいんですよねー(笑) ワガママですよね(笑)
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.kafusha.com/Shinkan/index.html
ほんと、見るの辛いです。
自分が主人公と似ている部分があるせいか(似てない所も多いですが)、嘘っぽいとか似てないとか誤解を呼ぶとかいうのを読むと、現実の世界で「そんなはずないでしょう」「嘘でしょう」「誤診でしょう」とか「あなたみたいな人ばかりだと思われては迷惑ですから、障害名を公表しないでください」などと言われ続けている経験と重なってしまうものですから。
でも、言いたい気持ちもよくわかるんですよね。私も言い出したら切りがないわけだし。とりあえずの解決策は、私が読まないことかな(笑)
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.kafusha.com/Shinkan/index.html
> 初回視聴率、天使〜は15.9%だったらしいです。
まあまあだったのかな。。。制作者側もホッとしている?
日本では、まだまだ「障害者」を主人公又は準主人公にした、
ドラマというのは、制作者側から言わせれば、リスクが大きい
のでしょうね。
手っ取り早いのは、「お涙頂戴」にしてしまうのが、視聴率取
れるのでしょうけど、「障害者」って、いつも「お涙」の単な
る材料なのか?という疑問があるし、かといって視聴率取れな
きゃ、番組は打ち切りになるし。。。
いずれにせよ、日本ではまだ「過渡期」だと思って割り切る必
要もあるのでしょうかね。
「自閉症」の啓発用の番組を作っても、誰も興味関心を持って
くれなければアウトだし、そんな意味で、有名?タレントを動
員して、話題性のあるドラマ仕立てで流すことは、良いきっか
けとなるでしょうね。
一方で、ほとんど「自閉症」に関して「予備知識」のない人が
多数視聴するわけだから、制作者側としては、「誇張」した表
現でやりたくなるだろうし、それが固定観念として、流布され
るリスクもある。
まぁ、ゴチャゴチャ言ったって、まず多くの人に気づいてもら
うのが先ですかね。そして、可能な限り「正確」に。
あの、名作「レインマン」が公開された後でも、「自閉症」
や、作品を巡って、かなり頓珍漢な「解説」やら「解釈」やら
が、広まったそうな。
かく言う、自分自身だって、どれだけ理解しているか。実際頭
で分かっているつもりでも、全くの誤解でものを書いてるかも
しれないし。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.ne.jp/asahi/hp/keyaki/
両方とも公式サイトに感想が直接送れるようになりましたね。
でも、「天使〜」の方は、どういう感想が来たかの
公開はしないのかな?
「君が〜」の方も、公開されているのは一部でしょうし。
それにしても、「君が〜」の投稿の中に
親からのまったく反対の意見がありましたね。
それほど「スペクトルの幅はひろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜い」と
いうことなのでしょう。
うちの子は、4才のころは輝に似ていましたが
8才の今は繭子の方に似てきています。
一人の子どもでも、そういう変化を見せる場合もある、
そういう意味でも「スペクトル」とはよく言ったものだと思います。
「天使が消えた街」の
下記の公式サイトで、感想欄を見つけました。
まだ、誰も書きこんでいないみたい。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.ntv.co.jp/tenshi/
感想欄ができていました。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/voice.html
> それともウッチャンだったのかしら?
> ウドはガセネタ?
ウッチャンだったら、納得。
それともウッチャンだったのかしら?
ウドはガセネタ?
天使〜の輝さんの役の候補で、ウド鈴木の名もあったと
小耳にはさんだのですが・・・。(ほんとかな?)
ウドが輝さんをやってたら、どんな感じだったのだろう?
でも自閉系は美形が多いので、フミヤで正解。
初回視聴率、天使〜は15.9%だったらしいです。
君が〜はどれくらいあったのだろう?
> 本人です。役者で言えば田中邦衛さんと希木樹林さんが自閉症者と
> して加わって欲しい。
希木樹林さんは私も思った。でも、私が考えてたのは田中邦衛さんじゃなく山城新伍(字、これでよかったっけ?)だったけどね。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
本人です。役者で言えば田中邦衛さんと希木樹林さんが自閉症者と
して加わって欲しい。そして自閉があるために、健常者に
ある程度ばかにされてきてるから対外的には「素直」でなくなっている、年長の自閉症者っていう設定はどうでしょうか。
私の知っている年長の高機能自閉症者は決して素直ではありません。
嘲笑という形で長年たたかれて歪んでしまったからです。
この三人であの吹流しを眺めながら、
「明日は雨って書いてあるねえ」って夢見るような眼つきで
言うのはどうでしょうか。
何度も書きますが、健常者が私たちの行いを奇行というとき、
その判断の根拠にあるものは何なんでしょうか。
その問題意識を視聴者に向けて提起してもらえばいいんですが。
私はあそこまで素直ではありません。何でも「ハイ」と従うなんて無理です。
でも、すごく疲れて無気力になっていたときは、あんな風に何でも言うこと聞いて「ハイ」と言っていました。
繭子が何にでも「ハイ」と従うのも、障害のせいで純真なのではなく、自信がないから、現実の厳しさに打ちひしがれているからかもしれないという気がしました(脚本にそんな意図があるかどうかは別として)。
人は、絶望しているときは、素直になることがあります。それを、「純粋」と見られて喜ばれ、愛され、愛でられてしまうと、
「回復」(「障害からの」ではありません、「学習された絶望からの」回復です)は、「純粋さを失った」ように見えてしまいます。それがとても怖いかな。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
本人です。『君が〜』のエンディングの歌のバックに流れるシーン。
私はとても好きです(因みに私の部屋のインテリアにそっくりです)。さすがに小川は流れてませんが・・・。
まとわりつくような柔らかい陽光の中で雨に打たれるシーンです。
あれは私たち「宇宙人」の感覚世界をよく表していると思います。
でもあのシーンのともさかさんを、もし他のオジサン、オバサンの
役者さんがやったら、健常者は「美しい」と感じるのではなく、
「不気味」に思うでしょう?健常者が私たちの感覚世界を「奇行」と
評価するとき、こんなあやふやな常識とか、先入観とかいった
フィルターがかかっていることを健常者に知って欲しいのです。
ともさかさんの役は、実はあんなに若くてきれいな人だから
TVドラマになるのかも知れないのですが、「若くてきれいな人」が
演じていることで、かえって自閉症者を理解する上でのとんだ
勘違いを生むのではないか、
そのへんを製作者の人は肝に銘じて欲しい。
さんざん言われてきたと思うのですが、
障害者をドラマネタにするのは大変に責任の重いことなんですよ!
今後の自閉症者の将来の生き辛さを左右することになるかも
知れないんですからね!山崎Pさん!
> 『何か失礼な事が有ったとしても悪気は全く無い』
> 『怒る場所と笑う場所が人とは少し違う』のような・・・
2本とも、こういう場面はいっぱい出るのでしょう。
小ネタとして。
結果的に理解につながるとしても、見ているそのときは痛いなー。
恥ずかしいもの。
「君が・・・」見てて辛かったのは、パニックのシーンなんかより、
「別に、何?」と言ってしまうところ
(正確には、弟に解説してもらって、失敗を悟るところ)でした。
言ったことあるし。
弟みたいに教えてくれる人がついていたことはなかったけど。
「あ、また失敗してしまった!」っていう狼狽がリアルすぎて。http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
>> でも、私達が「違っている」ことも、ちゃんと認めて欲しいです。
>> そういう「愛」なら、たくさん欲しいです。
> 公式サイトの高機能自閉症御本人も、
>「善き通訳になってください。」
>「私達に地球の習慣を教えてください。」
>「でも、心は宇宙人のままでいさせてください。」
> って書いておられましたね。
> 是非ドラマに、これらのメッセージを盛り込んでくださいね。
> < 関係者の皆さ〜ん、
> ここに辿り着いておられますよね・(^-^;)
読んで下さっていると思うのですが・・・。
さてさて・・・。
やっぱり『宇宙の人』という表現になってしまうのかな。
ご本人が書かれているけど、それが一番通用する表現なのでしょうか。
同じ人でありながら地球人と宇宙人。
それほどの違う点をどれだけの人が見出せるのか・・・。
その辺りを出しながら、共存へのヒントのような事へ導いていかれるといいのですが・・・。
『困難なところはこういう所』『何か失礼な事が有ったとしても悪気は全く無い』
『怒る場所と笑う場所が人とは少し違う』のような・・・
そういうエッセンスをたくさん折り込んで欲しい。
『こういう人達なんだな、と判ってもらえるように』
本人ですが。
演出にケチつけときます。繭子が「涙は暖かい?それとも・・・冷たい?}と、高機能自閉症者によくある文章棒読み調のしゃべり方で
話したとき、慎一さんの目を見てました。
あれは本来、「あさって」の方向か、目を伏せて話すのがリアルです。私たちは(特に理論的なことをしゃべっているとき)
頭の中に浮かんだ文章を読んでいるので・・・。
恋愛も兄弟愛もいいけれど
社会のなかにどうとけこんでいくのかみていきたいです。
今の社会は普通の人がつくったルールなのに
一生懸命ルールを守ろうとしていても
平気でルールを犯す人をみると軽いショックをうけます。
赤信号なのに平気で渡る人
通りで近くにごみ箱があるのにポイすてをする人
満員電車や人ごみで大声を出してしゃべる人
などなど、
役者さんたちが
こういった場面の状況にどう反応するのか見てみたいです。
あと、音や臭いも・・・
> でも、私達が「違っている」ことも、ちゃんと認めて欲しいです。
> そういう「愛」なら、たくさん欲しいです。
公式サイトの高機能自閉症御本人も、
「善き通訳になってください。」
「私達に地球の習慣を教えてください。」
「でも、心は宇宙人のままでいさせてください。」
って書いておられましたね。
是非ドラマに、これらのメッセージを盛り込んでくださいね。
< 関係者の皆さ〜ん、
ここに辿り着いておられますよね・(^-^;)
> 「普通」にならなくても幸せになれるなんていうのは、宝くじに
> 当たるより難しいかもしれません。
「普通」
様々な「普通」があっても良いはずなのに、
異端の少数派の宇宙人は「普通」には入れてもらえない。
その現実がある限り、
幼い宇宙人達の心やさしき母(父)達も、
地球に同化させる他には「普通」への通行札を得る術はないですよね。
でも、一方で、
「普通」の幅自体も5年、10年単位で徐々に変わってきているとい
うのも紛れもない事実。
ドラマから上記ご本人達からのメッセージを読みとれる人も少なから
ずいる筈。 もう1回叫んでおこう!!
< 関係者の皆さ〜〜ん、
期待していますからねぇ。(*^^*)
私の父は、10年前47才で他界しました
悲しくて、悲しくて・・・毎日泣いていました
その時、ふと思ったんです
幸せって・・
家族全員が健康で、そろっていることかなって
『君が教えてくれたこと』私はこの題名を聞き、絶対見ようと決めていました
ちょうど4才になる息子に私は、たくさんの事を教えてもらいました 育ててもらいました自分自身を・・・
大変でいやになることも、たくさんあるけど・・・息子が自閉で生れてこなかったら、人として未熟者だったことでしょう
息子が私を母親にしてくれ、大人にしてくれたんだと思います
『生れてきてくれてありがとう』今はそう思っています
君が教えてくれたこと
ドラマは 魂という言葉が出て来た時、これはドナさんの本を参考にしているなと思いました
家の子が行っている幼稚園の先生は、自閉の内面を見たとってもいいドラマでしたねといっていました
普通と普通でない境界線は、だれが引くんでしょう
分けた方が社会が都合がいいんでしょうか
> >「普通」にならなくても幸せになれるなんていうのは、宝くじに当たるより難しいかもしれません。
>
> うちの息子は「普通」になんてならなくていいから、
> 幸せになってほしい。
> でも何が息子の幸せなんだろう?
突然お邪魔します、
だれがどういった状況で幸せと感じるか
それが問題だと思います。
子供でしょうか親でしょうか
私は一日中TVや映画のビデオを見ているのが好きです。
そういう時間があるとき考えようによってはこれも幸せかな。
映画のビデオなどは同じものを何回でも見てしまいます。
テープがすり切れるくらいです。
こんなふうにも使います。
社会のルールや社交辞令がうまく理解できないし
会話もスムーズに出来ないので映画の台詞や
格好、スタイルをものまねしてなんとか世の中で
やっていけてる感じです。
子どものときはアニメ、大人になってからは映画
私にとってのささいな幸せです。
あー・・ドキドキです。
文章がにがてなのでうまく書けなくてごめんなさい。
またきてもいいですか。
> > 自己実現だと、森口奈緒美さんが言っていましたが。
> すいません・・・自己実現ってどういうことですか?
正直言って、私もよく分らないのですが…。
能力的に偏りがあっても、その優れた部分を活かすようにすれば良いということなのではないでしょうか?
(その前に、自己が何なのかがわからないか。それを知る為に、WISCの検査してプロフィール特性を見なきゃいけないのかな?)
ドラマに関して、日本テレビの450人記者会見でも
自閉症Q&Aが報道陣に配られたと書かれていました。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.nucl.nagoya-u.ac.jp/~taco/aut-soc/share/
(’00春号)
> 自己実現だと、森口奈緒美さんが言っていましたが。
すいません・・・自己実現ってどういうことですか?
自己実現だと、森口奈緒美さんが言っていましたが。
「ポン酢しょうゆがあること」だと本気で思っていた私って・・・
(いえ、むかしの話です)http://web.archive.org/web/20011006200028/http://member.nifty.ne.jp/unifedaut/
>「普通」にならなくても幸せになれるなんていうのは、宝くじに当たるより難しいかもしれません。
うちの息子は「普通」になんてならなくていいから、
幸せになってほしい。
でも何が息子の幸せなんだろう?
輝さんはある意味幸せだと思う。
自分のこだわりの世界に住むことを許されていて・・・。
きっと、私よりも、あなたよりも、幸せな人なんじゃないのかな。
繭子はどうだろう?
繭子の幸せは何なのだろう?
> 「高機能自閉症」の社会的自立が予想以上に難しいことがわかってから
> それほど時間は経っていません。
> これまで、親は、子どもに、できることが多い分、より一層「普通」になることを
> 強いてきた。
> それを親の勤めだ、愛だ、と思ってきた。
> 「普通」にならなければ、幸せになれないと思ってきた。
> それじゃ、挫折します。
「普通」になるには苦痛を伴うから、「普通」にならない方が幸せだとは言いません。
周囲の人が悩んだり悲しんだりしているのを、平気で見ているわけではないから。
でも、周囲の人に喜ぶ顔を見せる為に「普通」にならなければいけないと思ってしまうことが、不幸の始まりです。
「普通」にならなくても幸せになれるなんていうのは、宝くじに当たるより難しいかもしれません。
こういう人がいると分ってくれても、これからも、人に迷惑をかけずにすむようになりたいから、頑張って「普通」になろうとするでしょう。
でも、私達が「違っている」ことも、ちゃんと認めて欲しいです。
そういう「愛」なら、たくさん欲しいです。
昨晩の番組は興味を持ってみました。
ともさかりえさんの方はよくやっているように思いました。
それに比べて上川さんの方はちょっと変な感じでした。
塾で弟が、「自閉症って治らないんでしょ」と尋ねたときに、即刻
治らないって返事していたでしょう。普通、精神科医とかカウンセラ
ーって、そんな返事はしないはずです。普通は「治るってどういう事?」
と逆に問い返すんじゃないでしょうか。
弟にとって姉が「治る」というのはどういう意味を持っているのか
を、自然に問い返したくなるのがカウンセラーの資質のように思うん
ですが、その点では変な精神科医だなぁと思いました。
赤いぴ〜まん
高機能自閉症の御本人のメッセージが紹介されています。
http://web.archive.org/web/20011006200028/http://www.tbs.co.jp/kimioshi/high.html
繭子の両親は、パーティー会場で「世間の誤解」に立ちすくみましたね。
自閉症には差別や偏見以前の「誤解」がつきまといます。
「高機能自閉症」の社会的自立が予想以上に難しいことがわかってから
それほど時間は経っていません。
これまで、親は、子どもに、できることが多い分、より一層「普通」になることを
強いてきた。
それを親の勤めだ、愛だ、と思ってきた。
「普通」にならなければ、幸せになれないと思ってきた。
それじゃ、挫折します。
弟は理解者になろうとしてはいるけれど、
まだそれでも「普通」に引っ張られている。(若さ故?)
子どもが4歳の頃「自閉症の特徴がなくなったら、学習障害になるんでしょうか?」
という質問をしたことがありました。
「それは逆ですね。会話ができても、アイコンタクトができても、
学力が伸びても、自閉症であることは変わりません。」と説明を受けました。
父・雨宮洋平は私生児というコンプレックスがあって、
思い描いた「普通の幸せな家と家族」から離れられないから、
現実を直視することを避けているのでしょう。
彼はもう一つの「普通」の呪縛からも、
解き放たれる必要があると思います。
加藤茶さんが、「父親がこれをどう乗り越えて
気持ちを変化させていくか」と自分の演技のことを
コメントしているのをちらっと読みました。
普通学級で何とかやって行けるほどの「高機能自閉症」なら、あれくらいの年になれば外見上はもっと普通に見えるくらいになる人の方が多いんじゃないかと思うのですが…。
でも、ドラマとして絵になる&恋愛を持ち出せる年頃、という設定にちょっと無理があるのではないでしょうか。それに、何らかのプロフィール特性がある一人の自閉症者を時間を追ってみているのではなく、色んな人の色んなパターンを寄せ集めて出来たキャラですし。
はじめまして。3才5カ月の自閉症児(男)の父です。
「君が〜」のほうでいちばん疑問だったのは、ともさかりえの家族の描き方です。
加藤茶が会社から帰ってきて着替えながら、「なおらんよ。自閉症は」と言いますよね。
ということは、彼は自分の娘が自閉症だということを知っていたんだ。娘の障害に気が付かないでいるというのなら、こういう感情の発露のしかたは理解できます。でも「自閉症」という言葉を知っている。だったら、自閉症について多少の知識はあるはずじゃないか。だったら、よほどのことがないかぎり、わざわざ「直らないよ」と言うかな。「直らない」ことに絶望している他に、やるべきこと、考えるべきことを知っていなきゃおかしい。それだけの情報ソースはきょうびそこらじゅうにある。予備校の講師に何枚かプリントをコピーしてもらうのもヘンだ。